『レクイエム』考

4.レクイエム考
 
W.オッフェルトリウム OFFERTORIUM
 
(@)ドミネ・イエズ・クリステ Domine, Jesu Christe (Andante con moto ト短調 4分の4拍子)

個人的に一番愉しく聴ける曲である。音の上下が大きく、合唱もTuttiとSoloが入り混じり、pianoとforteとの対比も明確で、曲全体に生き生きした勢いがある。"Domine Jesu Christe,"(主イエス・キリスト)とはじめpianoで歌い出し、"Rex gloriae, "(栄光の王よ)で一気に爆発し、すぐにまたpianoに戻る。まるで生き物のように、曲は動き回る。14小節目で3つの弦と低音部が力強く間奏した後の、"libera eas de ore leonis,"(どうか獅子の口からお救い下さい)の部分は優しい長調とそれを拒絶するかのような叫びの短調とが隣り合わせになっている。それからは弦が均一なテンポで冥くもうねりだす(譜例9)が、雄大なTuttiのあとそれぞれの声部が上から順に"sed signifer sanctus Michael"(そうではなく、旗手の聖ミカエルが)と歌い出し、40小節目では4声のSoloが緊張の中絡まりあう繊細な形相を呈する。44小節目からはフガートであるが、次の楽章〈ホスティアス〉でも曲の最後につけられている。"quam olim Abrahae promisisti et semini eius."(その光明を、かつてあなたはアブラハムとその子孫に約束なさいました)というテクストの緊迫したフガートを各声部はTuttiで歌う。弦は独特の落下の音形を奏で(譜例10)、冥界の様相を表現しているのだろうか。その凄惨さの中に、余りに美しい神の光が差し込まれることもある(65小節目のソプラノ)。その白い光は辺りを一瞬照らし出すが、またすぐに冥い緊迫が回帰し、短調から長調へと、前章の〈ラクリモサ〉ではないがこの部分で前に奏でた音をすべて受け止めて解決、昇華させる。

譜例9  第21小節目 弦のうねり

譜例10 フガート部分 第44小節 第一ヴァイオリンの落下音形

 

 

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