第四日目


2000年1月26日(水) 31.6k

 6時出発 〜 第十二番 焼山寺 〜 第十三番 大日寺 〜 名西旅館 16時半到着 


 柳水庵ではぐっすり眠れ、気持ちよく5時半に起床する。寝る前にホッカイロなどのご接待を頂き、お祖母さんとお話する。順調に朝食,支度を終えた頃、「外は雪だよ」とお祖母さんに言われる。昨晩はテレビでは晴れと予想されたのに、今年初の雪なそうである。6時頃なので外は真っ暗。仕方なく雨具を防寒具として出発。

 本当に真っ暗でライトがなければ歩けない。なおかつ山道が狭いため危険極まりない。真っ暗と雪で、複雑な山道がより一層分かりにくく、歩いていて本当に正しい道か不安になる。まるで映画「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」のようである。ウサギの足跡があり、道案内をしているような感じであった。

 道は段々険しくなってくるし、雪が積もり滑ってしまい,不安が増大する。やっとの思いで、一本杉に到着する。この時点でマグライトが不要になり、山道も下り坂になる。下の眺めに屋根が見えて、焼山寺かなと思ったら、ただの村落であり、ここからが本番であった。雪が積もった険しい山道に息が切れるが、「これが修行だ」と言い聞かし、頑張る。休みたいが雪の上では休みたくなく、ひたすら歩く。

                                       第十二番 焼山寺

 そしてやっとの思いで、山頂に着く。下界の美しさと自分が登ってきた道、太湯の光が大変美しかった。門をくぐると、誰も歩いていない雪の上を歩き,満足感が増す。(8時20分)
 
 一通り終え,葉書を買う。(当時付き合っていた)彼女に手紙を書くが、手がかじかんでおり、思い道り書けない。また前会社の先輩に電話をかけるが、寒すぎて口が回らず、会話が上手くいかず。

 9時10分に下山を始めるが、途中逆打ちをする人に出会い,少し会話をする。(後に分かるが、この人は行きのバスで途中下車した人であり逆打ちではなかったようである)牛神山町に徳島銀行がありと聞き,そちらのコースには向かうが、足が疲れてきている。12時半頃のその町に着き、お金がおろせた。
 
 しかし、もう足ががくがくとなり、辛い。しかし辛抱して歩き続ける。ここから15k以上ありと分かり、辛さが増す。自転車の15kは1時間以内で走れるが歩けば4時間前後かかるであろう。

 途中バイパスが工事中であり、迂回路が表示されているが、悩む。自転車の経験上、田舎の迂回路は下手すれば倍以上距離がある場合がある。しかし、悪いことは止めようと思い,迂回路を歩き続ける。運良く、それほど長い迂回路ではなかった。板野橋から9.5kであり、再度気合を入れなおしたが、上りでは調子はいいものも、下りは辛い。
 
 2度目の下り坂は長く,足に負担がかかる。目標の15時には遠く及ばず、もう出る言葉は大師様が怒るような愚痴ばかりであった。何とか第十三番に16時に着くが、もう歩けない…。宿は第十三番前の名西旅館にする。到着するや否や、すぐに床屋に行き、小学生以来の坊主にする。スキンヘッドは本当のお坊さんがする物でありと聞き、長さ2ミリの坊主にする。床屋の亭主は優しく,色々なことを教えてくれた。
 
 宿は広く、お風呂も広く、足の痛みも少しは忘れる。また髪の毛がないのが更に気分を爽快にさせた。夕食後,宿のお祖母さんと話し込む。ショー健のことや他のお遍路さんのこと、明日の道順、また洗濯までしてくれた。何より足の痛みに効くという焼酎を一瓶くれた。明日はこれ次第で、私の脚力が決まるかもしれないと思い、たっぷり塗った。しかし本当に今日は疲れた。この日記もいつもよりだいぶ遅くなってしまった。 21時20分記  


                                             坊主姿
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