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ナンシー関スタンプ葬 7月13日有栖川スタジオにて

 公式サイト「ボン研究所」にて以下のような告知が出ていましたので、青森の告別式にはさすがに行けなかった(行っても入れないと思った)こともあり、ぜひ行こうと思っていました。

『ナンシー関スタンプ葬』のおしらせ

ナンシー関逝去にあたり、友人有志の手で『ナンシー関スタンプ葬』を催すことになりました。
お世話になった読者・ファンの方々にも献花をいただき、故人をしのんでいただけたらと存じます。

日時
02/07/13(土)
正午より午後1時まで、読者・ファンの方々より献花していただきます。
午後1時以降は献花していただくことができません。御注意ください。
場所
有栖川スタジオ [地図]
東京都港区南麻布5-8-21
(地下鉄日比谷線広尾駅1番出口より徒歩約5分)


・会場の都合により、御供花御供物は御遠慮申し上げます。
・撮影・録音等は禁止させていただきます。
・会場への電話問い合わせは御遠慮ください。
・当日は駐車場の用意がございませんので、お車での来場はご遠慮下さい。
・当日は平服でお越し下さって結構です。


 当日は12時過ぎぐらいに着くように、電車で広尾駅へ。平服で構わないとのことなので、少し黒め風の衣装だがいつもの小汚い格好で行くことにする。花等はご遠慮という事なので、その用意もしていない。それにしても暑い日だった。広尾駅で降りると、花を持った女性がホームの一番出口じゃない方向に行っていたようだが、どうなのだろう。
 階段をあがると、地図が載っているよくある表示板があるのでだいたいの方向を頭に入れて左折。携帯でけたたましく話している女性が歩いていた。「私って方向音痴で…云々」
 有栖川公園を右に見ながら、左折はどこかとうかがううち、前方からはもしかしたら、すでに参列を終えた風な人がかなり歩いて来る。ナンシー関ファンが集う場所には行ったことがなかったが、外見上はさまざまな人達というしかない。でも若い女性の比率が高かったのは意外な気もした。ちょっと歩いて行くうちに、喪服に身を包んだ男性が、比較的ちいさめの案内の紙を持ち(ちょうどゼッケンぐらいの大きさか)、有栖川スタジオへ誘導している。一度左折し、もう一度右折するところで、また案内の男性がいてスタンプ葬の場所に到着した。
 手前が駐車場になっているらしい有栖川スタジオはここを献花にやってきた人の行列の場所にしていた。スタッフの方がそこかしこにいる。待っている人はざっと一列10人ぐらいの5、6列もいただろうか。会場入り口からは献花を終えた人が出てきて、目を赤くしている人も見受けられた。並んでいる人達はわりとふだんの感じで雑談などをしており、それほどの粛々としたムードは感じられない。ただ、花を自ら用意した人7、8人に一人、喪服風の人もそれぐらいの比率でいたと記憶する。
 かなり駐車場は暑かったので、待ち時間も長く感じられたが、10分ぐらいでなかに入れた。入り口にはナンシーさんのスタンプがプリントされた紙が帯状に貼ってあり、なにかほのぼのとしてしまう。会場は地下のようで、どんどん降りて行ったが、地下何階だったかはわからない。帰りの人とすれ違うかたちになり、わりに狭い階段を結構な距離歩いた挙句、会場に到着。ナンシーさんが懇意にしていたムーンライダーズの方(鈴木慶一氏)が彼女のために作曲(正しくは選曲でした 7/14)した曲が会場に流れていた。入って左のガラスケースにナンシーさんの消しゴム版画の原版がかなりの数おいてあった。原版を見るのは初めてでじっくりと見ていたかったが、順番に従って歩かざるをえないので、そそくさと通過したのは残念。森繁のハンコなんかがあった気がする。どれもインクがついていて、使用感たっぷりなのが胸にグッと来てしまうところだった。
 次に何人かの女性が並び、献花用の花を頂くスペースへ。詳しくないのでなんの花なのかよくわからないし、あまり注意も払っていなかった。枝上の木に可憐なピンクの花が咲いていた、と記憶する。ナンシーさんの巨大な顔写真(中央)とハンコの自画像(2つ)が三つ並んでいたと思う。その下に横長のテーブルが配されて、献花をする。花をテーブルに添えると、ほかの方々同様に手を合わせ冥福を祈った。「ありがとうございました」というような言葉が浮かんできたように思う。僕のような一読者は楽しませてもらったことを素直に感謝することがまず一番のことではないだろうかと思う。
 献花の後はまた階段を上り、入り口付近に戻ったのだが、記念品のようなものとしてナンシーさんの自画像版画2枚が印刷された名刺ぐらいの大きさのカードをもらった。このカードを入れる袋にはなぜかかえるの絵が描かれてあり、下には「※ご参列ありがとうございました。」との言葉が。
 会場から離れると、粛々としたムードはなくなり普段の雑踏に戻るのだが、近くを歩いている人の誰かの頭のなかにはたしかにナンシーさんのことが存在するわけで、なんとなく面白かったコラムのことなど思い出しながら、駅へ。広尾駅周辺は大使館が多いので外人の方が多くいるわけだが、ナンシーさん的感覚はたぶん共有はできないだろうなどと思いつつ。


(追記:一部修正7/14
 ボン研究所にて以下のようなスタンプ葬へのコメントが掲載されていました。7/16

謝辞

平成14年7月13日、ナンシー関スタンプ葬は600名を越える方々に御参列いただき、無事執り行われました。
この場を借りて、皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。

ナンシー関スタンプ葬実行委員会
02/07/15


夕刊フジZAKZAKにてスタンプ葬の模様を伝える記事が掲載されていました。無断転載御免 7/16

ナンシー関さん偲ぶ“スタンプ葬”にファン500人が参列

 6月12日に死去した消しゴム版画家、ナンシー関さん(享年39)を偲ぶ「ナンシー関スタンプ葬」が13日、東京・南麻布の有栖川スタジオで行われ、一般ファン約500人が参列した=写真。

 微笑を浮かべた関さんのモノクロの遺影と消しゴム版画による自画似顔絵の前で、参列者はランの花を献花。関さんと親しいミュージシャンの鈴木慶一(50)が選曲したムーンライダーズの「ジャブアップファミリー」などが静かに流れ、ファンの涙を誘った。関さんの消しゴム版画約200点や彫刻刀、原画なども展示された。

 調布市のデザイナーの女性(27)は「関さんの遺影は恥ずかしそうな表情でした。逝くのが少し早いんじゃないですか」と号泣。川崎市の印刷会社OL(22)も「版画以上に関さんの文章が好きでした」と肩を落とした。献花の後は、仕事関係者約200人が引き続き「お別れの会」を行った。

 会場で流れていた鈴木慶一氏選曲の「ジャブアップファミリー」とはどんな曲なのか、歌詞を以下に掲載します。ここから拝借です)

ジャブ・アップ・ファミリー
作詞:鈴木博文・鈴木慶一 作曲:岡田 徹・鈴木博文・鈴木慶一

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Funky papa crazy nana macho baby Jub-Jub-Jub Up
Funky papa crazy nana そろって washing Jub-Jub-Jub Up
Funky papa crazy nana 腕まくり Jub-Jub-Jub Up
粉の石鹸ばらまいて Jub-Jub power up
4%でhighな気分 papa と mama
※Jub Up うちの女房は いつでも Hysteria
 Jub Up おまけに亭主は Neurose
 Jub Up こんな夫婦はこれで心も洗われる


頭スッキリ 跳ねろ元気に 鳴らせ手拍子 Jub Up
越えろ垣根を 登れ屋根まで 落ちろタライに
Funky papa crazy nana macho baby Jub-Jub-Jub Up
明日の仕事がちょっと心配 too much お洗濯
隣の奥さん横目でジロジロ Frustration
※Repeat


Jub Up 若い夫婦にゃ つきものなのヨ
Jub Up (何言ってんのヨ)
Jub Up こんな夫婦は これで心も洗われ……


Funky crazy Jub Up famuly
Macho でおいたな太っちょ Baby 明日も明後日も
We're washing all day all night


Funky crazy Jub Up famuly
Macho でおいたな太っちょ Baby 僕らの Super life
We're washing all day all night



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