「お目覚めか?・・・”泥人形”」

 沈む意識を引き上げるように、声が掛けられた。
 声に誘われるがままに瞼を上げると、鮮烈な光が目を焼いた。眩暈と共に視界が歪む。
 押し殺した少年の笑い声が聞こえた。

 光に慣れた視界が、徐々に世界を認識する。
 石壁に掲げられた小さな燭台の揺れる灯火、湿った黴の臭いの篭る、地下牢の薄闇。
 上げた視線の先、壁に立てかけられたくすんだ銀盾の表面に、歪む自身の姿が映る。
 鉄仮面の囚人。
 土塊のように滅びたはずの己が姿がそこにはある。
 まるで、何事もなかったかのように。

「何も思い出せない。何も感じない。・・・そうだろう?」

 変わらぬ不遜な声色に、発言の主の方へ視線をやると、少年の姿をした翠色の髪の魔物が紫色の瞳を輝かせてこちらを見つめていた。
 それは新しい玩具を手にしたばかりの期待に満ちた子供の表情。

 何も思い出せない?
 何も感じない?
 
 ・・・いや、確か、前にも同じような目覚めを迎えたことがあった。
 
 心を乱すのは、不可思議な混乱。
 少年の姿をした魔物の餌として喰われ、泥人形の名の通り壊れ、墓場に打ち捨てられたまま”死”を迎えたはずの、己の記憶。
 最後に見たのは・・・そう、目の前の魔物に良く似た姿をした白い・・・

「どうした?」
 私の姿に僅かな違和感を感じたのか、魔物が不安げな表情で首を傾げて覗き込んでくる。
「身体におかしいところでもあるのか。」
 しばし様子を窺うように沈黙すると、答えが返らないことは当然のことと受け止めているのか、検分するように身体に触れてくる。
「俺に失敗なんてない。・・・全部、完璧に造ったはず。」
 独り呟きながらその小さな身体を寄せてくる。

 ああ、そうか。
 
 得心がいった。滅びたはずの自分がここに在るのは、魔物が新しく自分を”造り直した”からだ。
 底知れぬ力を持つこの魔物が、泥人形を、玩具のように幾度でも造りだせるということは不思議なことではないように思えた。
 だから、自分はここに居る。
 いや、おそらく一度だけではない。これまでも。何度も何度も。同じように。自分は造られてきたのだ。
 壊れては打ち捨てられ、新しく造られては壊れ・・・


「うん、何も問題はないはずだ。」
 一人で勝手に納得したのか、魔物は胸元に耳を寄せ囁くような吐息を漏らした。
「聞こえる。命の鼓動・・・甘い脈動・・・お前の魂が生む・・・」
 カチカチと白い歯を鳴らす音。確かめるように鼓動に手を当てる。
「いいか、お前の主は俺だ。・・・お前は、俺が創った、俺の為の人形なんだよ。」
 支配を宣言する傲慢な言葉。
 だが甘えるように縋りついてくる小さな身体を受け止めて、ふわりと柔らかい髪が指先を絡め。
 空洞となった心の隅で”何か”が揺れるのを感じた。
 

 暗闇の中。
 泣いている一人の子供の姿。


 自分はこの少年を、
 この魔物を

 知っているという気がした



 今は遠い



 彼方の記憶の中で・・・














蒼い花 中編















<1>

 幾月夜が過ぎたのか、地下牢の闇は変わらず、深潭へ続く。

 暗闇の中で把握できるのは、音。
 地底の底から、周囲の牢から、途切れなく続く人の呻き声や怪物の吼え声。
 気づくと以前より、騒がしくなってきているような気がする。
 ”楽園”の民は増え続けているようであった。
 月下の熱狂の舞台を覆う歓声は一段と高まり、血煙は夜霧のように城を覆い、月を赤く彩った。
 名も無き狂戦士達には、数を示す呼称が与えられていた。多くの人々が、死闘を宴に賭け事に興じているようで、敗者の命と共に、瞬く星空を覆うほどに賭札が紙吹雪となり舞い散った。
 高台に鎮座する王は、変わらぬ笑みを浮かべ人々の狂乱を眺め、付き従う魔物もまた、血の歓喜に心地良さげに身を委ねている。

 世界は何も変わりがないように見えた。
 狂気が、生まれ、滅び、そして繰り返される。巡る環のように、幾度も、何度でも。





 ある時魔物は、ふらふらと足取りも覚束ないと言った様子で地下牢を訪れた。
 倒れこむように私の胸元に身を置くと、安心したように吐息をつく。
 白い頬を上気させ、潤んだ半眼を数度瞬かせては、今にも眠りに落ちてしまいそうな様であった。
「酔って、しまって・・・何だかとても、気分が良いんだ。」
 そう言って魔物は弱々しい微笑を浮かべた。
 数多の人間達の、願い、望み、欲望を、真っ赤な果実酒に溶かして飲む楽しみを、最近覚えたのだという。
「ふふ・・・」
 心地良さそうに。
 戯れる小動物のように、腕の中で丸くなる。

「これ、お前にやるよ。」
 熱に浮かされた表情のまま、魔物はそう言って、ふいに右拳を目の前に突き出した。
 
 それはちいさな
 ちいさな青い花

 月光の鮮やかな雫で花弁を染めたような、美しく繊細な花が、しっかりと小さな手の中に握り締められている。

「・・・・・・」

 しばらくの沈黙。
 反応を返さない私の様子には構うことなく、魔物はその花を私の胸元に投げ落とした。
 そしてそのまま縋り付くように胸に顔を伏せる。



 なあ・・・
 お前だったら・・・



 小さな呟き声。

 お前だったら・・・何を
 願うのかな・・・


 ゆらゆらと、燭台の灯火が影を揺らした。

「お前の願いなら何でも叶えてやるのに・・・」
 消え入るような、小さな声が闇に溶ける。




 青い花。

 自分はそれを

 
 良く知っている気がする。

 




 
 霞むような遠い記憶の中
 一人の女性にそれを贈ったことがある


 そう
 ・・・愛しい妻が、居た・・・




 大切な人に気持ちを伝える時に
 青い小さな花に想いを込めて、渡すのだ、と。

 かつて、誰かに・・・

 それを、語ったことがある



 眠る子らの髪を梳き

 青き小さな花の溢れる小高い丘で


 月の奏でる調べを聴きながら・・・









 まるで夢のように、脳裏に映る像。
 それは、かけがえのない、ぬくもり。



 私はその青い花を、いつまでも見つめていた。
 この虚構の世界の中で、初めて色が命を宿していることに気がついた。

 とくり、とくりと。
 己が身の内に宿る鼓動が、規則的に時を刻む音が聞こえる。



 今、自分が、ここに”在る”ことを、思い起こさせるかのように。















<2>

 魔物はその夜以来、地下を訪れる時には、決まって小さな青い花を握り締めてきた。
 澄んだ鮮やかな色の花も、一夜の輝きを最後に色褪せ朽ちてしまう。
 寝台の周囲はすぐに、枯れた褐色の花弁で溢れかえることとなった。
 
「城の外。西の丘の外れに、たくさん咲いていて。蒼い海・・・光の波が揺れていて」

「そこで、大切なものすべて・・・時の檻に囲って、凍らせてしまおう」

「もう誰も・・・俺を置いて、いなくならないように」

 繰り返し、繰り返し。
 彼は、何かを熱心に語っていた。

 だが、近頃はその様子が明らかにおかしい。
 常に酔ったようにふらついた状態で現れ。話の内容も、断片的で、支離滅裂なことが多くなった。

「・・・みんな、酔っていて・・・あちこち真っ赤で。おれはね、何だかもうどうでもいいから、ご主人さまの言いつけどおり、葡萄酒を飲んで眠っていて」

「みんな、真っ赤な口して喜んでいる。でも俺は、もうおなかいっぱい。やっぱり、燃やしてもらおうかな。」

「あれが、近くに・・・・・・早く、何もかも、消してしまえ。」

「えっと・・・えーっと・・・うーん」

 まるで、緩やかに壊れ行くように。
 最後には言葉を話すことも億劫になったのか。
 訪れては、ただ夢見心地に眠りに落ち、胸元で静かに寝息を立てるのみである。


 私の内に、警鐘にも似た違和感が生じはじめていた。

 造られた”泥人形”であるはずの自分。
 抜け落ちた心の空洞。蘇る記憶の破片。
 そして世界の在り様。

 何か、がおかしい。
 何もかもが。

 魔物の様子が徐々に変容するのと時を合わせるように、私は再び自身の身体の限界を感じるようになった。
 ゆっくりと、だが確実に、身体の反応が意思と乖離するように鈍くなる。
 滅びが時を早め、存在を蝕み。まるで土塊に還るように、徐々に命の流れを失う身体を自覚して、私は身の内に奇妙な感覚が生まれるのを認識した。
 内なる記憶が私に告げる。
 これは”焦り”という名の感情であると。
 









 その日、魔物は常にも増して上機嫌な様子で現れた。相変わらずふらふらと酔ったように、足元が頼りない様であったけれど。
 とっておきの宝物を見せるように、私の眼前に差し出されたそれは。
 一本の、蒼い花。

 虹のように輝く、見たこともないほどに、美しい、美しい花であった。
 神々しく輝く。朽ちることのない、永遠の美の象徴のような・・・

 魔物は自慢げに胸を張って言った。
「”生命の水”を、与えてみたんだ。」
 生命の水。
 人に不老不死の力を与え、夢を与える魔法の薬だと、彼は以前語っていた。
 楽園の住人であれば誰もが求める、人の”願い”の象徴。
「そうしたら、こんなに綺麗な花が出来た。もっと早くから全部、こうしていればよかったんだ。」

「決して枯れることなんてない。消えることなんてない。だから・・・」

 嬉しそうに伸ばされる手。
 胸元に花を添えようとするその指を、私は手のひらで包むように押し留めた。
 そしてゆっくりと押し返す。

「・・・?!」

 魔物は何が起こったのかわからないとばかりに、目を大きく見開いたまま、ぱちぱちと瞬かせた。
 私がこうして、何かの意思を所作として示したことは、これまで、なかったことだから。
 泥人形に、意思などない。
 ない、はずなのだ。

 何故、そうしたのか、自分でも良くわからなかった。
 ただ、伝えたかった。
 違うのだ、と。
 
 伝えなければならない気がした。



 魔物は、狼狽するように口を開閉させて、しばし放心した後。
 静かに俯いて、ぽつりと告げた。
「いや、そんな訳ないか・・・お前に意思があるはずがない。」

 僅かの間をおいて。
 まるで自分自身に言い聞かせるように、その声に震えが走る。
「だって!全部俺が喰らったから!お前の”願い”は全部・・・」
 言葉の途中で、堪えられないとでも言うように身体ごと胸元に飛び込んできた。

「おまえ、何か、・・・何か言いたいことがあるのか?まだ、”願い”があるのか?」
 何かを期待するように、縋るように、必死の瞳で覗き込んでくる。
「おしえて・・・おれ どうすれば良いのか、おしえて!」

 縋りついて震える小さな身体。
 傲岸不遜に己を支配しようとした魔物の姿は、今はそこにはない。
 途方に暮れた幼い子供、がそこに在る。
 腕の中で惑いに揺れる、緩い温もりを抱いて、気がついた。
 思い出した。

 ああ、そうか。
 そういうこと、だったのか。


 遠い、過去という名の時の果てに。置き去りにしたもの。


 自分は確かにこの少年を知っている。
 そう、”彼”を・・・知っている。



 蘇る、記憶と共に理解する。
 

 世界は何も変わりがないように見えた。
 違う。
 世界は、変わりつつある。
 緩やかな、狂気に侵食されている。全てが。破滅に向けて、歯車を回しはじめている。

 寄り集い、形を与えられた人々の欲望。
 それが、今は目に見えぬ巨大な力を成し。楽園を生み出した魔物自身が、人々の”望み”に喰われ、制御ままならず飲み込まれつつあるのだ。
 




 意識を巡らせる。
 薄暗い地下の暗がりに、意思、という名の命の灯火が宿ったようであった。

 私が成すべき事は、明らかだった。
 
 

 そう。
 止めなければならない。
 狂気の連鎖が、世界を壊してしまう前に。



 ・・・”彼”を

 壊してしまう前に














<3>

 巡り来る満月の夜。
 月は、赤く、赤く、色づいて狂宴を照らし出す。
 いつものように、私は叫喚咽ぶ血の舞台に静かに降り立った。

 闘技場を取り囲む群衆は、まるで影絵の奇妙な陰のように動いて見えた。
 気のせいか、湧き上がる歓声も、嘲笑も、甲高い奇声のようなものが混じり、どこかぎこちない異様さを感じさせる。
 まるで得体の知れない不気味な化物達に、取り囲まれているかのような感覚。
 緩やかに、形を変えず、しかし世界は確実に変質しつつあった。厚く塗り込まれた虚飾が、あちこちで剥れ落ちるように。

 血霧が風に舞い上がると、人々の熱狂は明らかに形を変えた。
 幾人もの興奮した観客が、飛び降りるばかりの勢いで、観覧席と決闘場を仕切る塀の手摺に押し寄せる。
 高台の玉座に座る王たる男は、しかし群集の混乱と暴走を収める様子もなかった。足元に突き出た台座の上で、少年の姿をした魔物が、すっかり酔いが回ったという面差しで丸くなる姿を、満足そうに薄笑いを浮かべて見下ろしている。


 私は、被せられた重い囚人の鉄仮面の僅かな切れ目より、城主の姿を見上げた。
 おそらくは、一回限りの機会となるだろう。

 泥人形たるこの身体が、再び朽ちて崩れる前に。
 僅かの時間、己が魂を取り戻しているこの時に。
 果たせる事、は限られている。




 沸き立つ歓声が、思考を引き戻す。
 眼前にあるはずの命の駆け引き。思うように動かない反応の鈍い身体を、意思の力で制御する。
 相手は、ゆうに二倍はあろうかという体躯の大男。血のついた二本の鎖鎌を振り回し、まるで死神のように命を刈り取る狂人である。
 無駄な動きを極力省き、隙を伺い力の流れを計算する。常よりやや時間は掛かっているものの勝てない戦いではなかった。

 空を掻き切って飛来する巨大な鎖鎌を横に跳び躱す。同時に反射的に動いた身体が、右方より続けざまに放たれたもう一対の残影に鉄剣の斬撃を叩き込む。
 金属の拉げる激しい音と共に折れ飛ばされた鎖鎌の鋭い刃が、狙い通り巨大な狂戦士の左膝下を刺し貫いたのを視認すると。泡吹く咆哮を耳に捉えながら、一息に距離を詰めその勢いのままに地を蹴った。
 前のめりに身を折る巨人の体を足掛かりに駆け上がり、宙で身を反転させ、背後から肩に降りる。激しい死闘の衝撃に歪み刃の毀れた鉄剣を逆手に持ち替え、高く掲げると、そのまま力任せに振り下ろした。
 鈍く重い衝撃。
 勢いよく吹き上がる返り血を避けるように、咄嗟に飛び下がり後方に着地する。ゆっくりと倒れ付す巨大な人型の影。動きを止めた狂った人形。
 冷やりと心を撫でる感情は、敗者への憐みか、自嘲か。
 歓声が、いつものように今宵の死闘の終幕と勝利者への賛歌を奏で上げた。



 だが、”本番”はこれからだ。
 己が身体を確認するように見下ろすと、無理に力を掛けた両腕が引き攣るように伸び、指の開閉も覚束ない状態である。武器が握れるかさえ定かではない。
 限界が近かった。・・・一太刀で決められるか、どうかだ。

 耳を覆う音の渦と視界を埋める紙吹雪の中、私は静かに周囲を見渡した。
 距離と、タイミング、力の加減を、その僅かな喧騒の時間の内に計測し、迷うことなく走り出す。
 弧を描き大きく回りこむように助走をつけると、そのまま、闘技場を取り囲む灰色の石塀に、足を掛け、垂直に立ち上がる壁面を一気に駆け上がる。
 一瞬の間に半ばまで走り上がると、後は力の限り跳躍した。ゆうに建物の三層分はあろうかという高さを、壁だけを足場に観覧席まで上り詰める。壊れ始めた肉体は身を投じた勢いを殺し切れず、着地の衝撃を抑えるために咄嗟に前転によって受身の姿勢を取ったものの、派手な音をたてて客席の木椅子の群に突っ込む結果となった。
 空気が一変した。突如のことで事態が把握できないのか驚嘆と好奇の声が続き、すぐにそれは悲鳴と怒声にとって変わった。
 死の遊戯で常にあらゆる狂人を打ち倒してきた”処刑人”が、恐ろしく不気味な仮面を被った化物が、超えてはならないはずの境界を越えて、観覧席に乱入してきたのである。よもや闘技場の舞台を囲う高い壁を、生身で走り上がるような”化物”がいるとは想像もしていなかったのだろう。周囲はすぐに混乱の渦に転じた。
 美しい衣装を身に纏った楽園の住人達は、口々に何かを叫び逃げ惑う。潮が引くように、私の周囲には無人の空間が開け、入れ替わるように前後左右を武装した警備兵達に取り囲まれた。
「な、何事だ!」
「止めろ、奴を!」
 叫びが交わされるものの、みな怖気づいたように、一定の距離を保ち互いに牽制をするばかりで前に出るものはいない。
 少なからず意思ある者ならば、例え数に頼もうとも、今ここで私を止められるものがいない事実を理解できるはずだ。意思ある者、ならば。
 視界の端、形ばかりに武装した警備兵達の背後に遠く、不気味な仮面で頭部を覆った兵士の群が見えた。声一つ発することなく、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
 おそらくは、楽園の支配者の意を汲み動くだけの、意思無き人形。
 私は急ぎ立ち上がると真っ直ぐに、連なる段状の石段を駆け上がった。左足に力が伝わらない奇妙な感覚に目を降ろすと、転倒の衝撃か、足首が妙な方向に捻じ曲がったまま固くなっている。動けば、脆く壊れるばかりの身体。もはや余計な戦闘に力を割く余裕はないようだ。
 対処の暇を与えず一気に目前に剣を構える警備兵の懐に飛び込むと、手刀でその武器を叩き落す。そのまま脇に挟むように右腕を取ると、足払いをかけて宙に浮かした身体を周囲の兵士の群に向かって投げつけた。落ちた剣を足の甲で掬い上げるように拾い手の内に納めると、崩れた人垣の間を抜けて走る。

 前方の高台に、はじめて、その余裕を失い顔を引き攣らせて立ち上がる城主の姿が見えた。
「どういうことだ!これは」

 問答の必要はない。言葉を重ねたところで、この人物の心の在り様は全て世界の現実として形を成しているのだから。原初の魔物の力を借りて。
 血の契約は・・・契約者の死によって終了する。生あるあいだ、魔物は従順に”主”の求めに従うが、死した後は逆に契約者はその魂を奪われる。輪廻の環から外れ暗闇に永劫に囚われるか、餌として喰われ魂の存在ごと消滅するか。いずれにせよその末路に光はない。
 ならば欲深き契約者が望むのは、永劫の支配。



 身体の全てが、軋み、音を立て、歪むように感じる。
 全速力で走り、狙い澄ました渾身の初撃は。玉座を砕き、抉られた床の石片と王の座を彩っていた金の装飾飾りを周囲に散らしたものの、目的の相手を捉えるには至らなかった。如何に私の身体が力を失いつつあるとはいえ、常人であれば避けられるはずがない斬撃が躱されたことで、内なる懸念は確信に変わっていた。
 白く霞む塵煙の向こうに、赤く光る二対の眼光を見止める。既に人ならざるものの力を得た者の証。
 男の顔が、禍々しい笑いを乗せて歪む。低く、濁った声色が煩わしげに荒げられた。
「レヴィン!何をしている、さっさとその出来損ないの化物を始末しないか!」
 はっと脇を見ると、玉座の傍に据付けられた小さな台座の上で、少年の姿をした魔物が呆けたように座り込みこちらを見ていた。大きく見開かれた目は、何が起こっているのかわからないとばかりに揺れ、狼狽を写し出している。
 だがすぐに私は視線を討つべき男に戻した。もし完全に男が吸血鬼に変じているならば、通常、斃すことは極めて困難である。だが、例え武器が剣一つであってもそれは、不可能なことではない。魔を討つ為のあらゆる知識、技術、力を・・・私は持っていた。後は身体が持ち堪えてくれるかどうか、だ。

 時間も余裕もない。
 弱まった握力を補うために、両手で剣の柄を支え、腰を低く落として地を蹴る。
 勝負は賭けに等しい状況であった。何故ならば・・・





 二度目の襲撃は男の元に辿り着く僅か手前で潰えることとなった。
 身体のあちこちが深い裂傷を刻み、腱が断たれ動きを止めている。


 目の前で、男を庇う様に割り入った影が、手を翳し、魔力を解き放った姿勢のまま立ち竦んでいた。まるで自身が傷ついたかのように悲壮な表情で、信じられないものを見るかのように、震えながら。どこか上の空で、その魔物は、何かを繰り返し呟いていた。
「どうして・・・・・・ど、して・・・?」
 哀しみと混乱を湛える瞳を、仮面の奥から見つめ返す。
 同時に、背後から鋭い剣が次々に私の身体を貫き通した。仮面の兵士達が、まるで獲物に群がるように周囲を取り囲み。やがて、視界が覆い尽くされてゆく。
 


 死が

 もう幾度目かわからない滅びが、訪れる瞬間。

 瞼の裏に最期に焼きついたのは、今にも泣き出しそうなその表情。






 どうか、どうかこの世界に残る光の残滓が、堕ちた声を聞き届けてくれるのならば・・・

 
 
 意識がゆっくりと闇に沈み、消えゆく中。
 幾度も、幾度も繰り返し、祈りを心に描く。



 私には、やらなければならないことが、ある。


 ・・・伝えなければならないことがあったはずだ
 それが、私の・・・最後の”願い”なのだから

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