えこし見聞録 0021 Knowledge Record of EKOSI  2008.03.28UP        <<0020      0022>>

 本屋さんの魅力 その一  鯉渕史子 
     〜秩父 ポエトリーカフェ武甲書店〜


「えこし通信」をフリーペーパーとして扱って下さっている本屋さんがあります。ここでは、その内の数軒ではあるが、じっさいにお店に足を運んだときに感じたそれぞれのお店の魅力をお伝えしてゆきたい。

昨年末の冬のある日、えこし会の林花子さんと、秩父の
武甲書店を訪れました。以前、東京ポエケットの打上げの席で店長の坂本さんにお会いした際、秩父に詩の本屋を開く予定だと伺っていたが、秋になってついにそのお店が開店したのだ。

夜祭りを終えたばかりの秩父の町はどこかひっそりとし、おそい午後の鈍いひかりが町をみたしている。お店は秩父神社の参道につながる通りに面した旧商店街の真ん中あたりにあるのだが、まず通りの奥、主のようにひかえる秩父神社にご挨拶をと、古銀杏のたらちねにさわり、水占いというおみくじに興じる。山並みに囲まれた盆地特有のあたたかな安心感のようなものだろうか、冬のつめたさがほんのりと物憂く肌につたわり、秩父という土地のほのぐらい奥行きにふっとなじむようで、妙に心地よい。暮れかかりそうな空色にあわてて神社をあとにする。

通りには古い病院や商店、木造の洋館風の家々など保存を指定された建物がならび、土蔵の白壁、すがれたペンキの手ざわり、ふるいガラスがはめ込まれた窓枠の向こうのひっそりとした暗がりが、経てきた時のかさなりをあたたかくつたえてくる。代々引き継がれた商店とともに若い店主たちの新しい店も軒をならべ、それが不思議になじみあっているところに、秩父という土地の懐のふかさを感じさせる。

ぬけ穴のようにひろがる路地に魅かれ、垣間見える一瞬の景色に誘われそうになるから、一本道をまっすぐには歩けない。武甲書店に着いた頃には、通りの軒に灯りが点りはじめていた。

武甲書店の店内にはカフェも併設され、広々としたスペースでは詩のリーディングをはじめとしたイベントも行われているとのこと。新刊・古本・絵本・雑誌・秩父の地史をおさめた本などの棚がならび、そして、近頃縮小されてばかりの詩の本の棚がのびのびと見事に居並ぶさまが、何よりもうれしい…。

ウヨキョクセツを経て生まれ育ったこの町で本屋を開いたという店長の坂本さんと、東北からお嫁にいらしたというにこやかで頼もしい奥さま。お二人の人柄によるのだろう、美味しいコーヒーとお手製ケーキをいただきつつ、テーブルと本棚とをいったりきたりしながら本をえらぶ贅沢な時間が、ゆったりと流れてゆく。あたたかなストーブがしゅんしゅん鳴って、欲しい本を限っているうちにあっという間に外は真っ暗。黒々と澄みわたった秩父の夜空と山影が堂々とひろがっていた。

町の人が気軽に立ち寄れる「町の本屋さん」でありつつ、ふっと詩の本に出会えるお店でもあることが、武甲書店のつよい魅力であるのだと思った。私たちがお店にいるときにもちょうど地元の方だというおじさんがふっと入ってきて、「いつのまにかこんな本屋が開いていたなんて知らなかったよ」と、しばらく本を選んでいたようだったが、「…詩の本買ったのなんて、何十年ぶりかなぁ…」と嬉しそうに照れ笑いつつ、大事そうに一冊を小脇に抱え、ご機嫌な様子で店を後にしていた。

武甲書店は西武秩父の駅からも歩いて数分、仲見世や秩父鉄道の小さな駅を経て、レトロな建造物の並ぶ商店街、秩父神社など散歩コースにも最適。ちょっと足をのばせば秩父の山々や札所、三峯神社や長瀞…と都心から日帰りでも十分楽しめる。ちなみに、お土産に買って帰った武甲書店向かいの果物屋さんご自慢の自家製干し柿がとても評判だった。春めいてきたら、秩父の里山をゆっくりめぐりながら、詩の本をえらぶ贅沢な時間をまた楽しみに行きたいなと思う。



*こいぶち のりこ
 中右史子の名で詩、鯉渕史子の名で評論を発表している。第一詩集『
夏の庭』を2006年7月1日に発刊。
武甲書店 WEBサイト
サイトには独自の経営理念も

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