VT信管(近接信管)

これはレーダーと無関係でないのでここで説明します。
吉田満の「戦艦大和ノ最期」に記述のある臼淵大尉の戦訓への付箋に(「ドイツ」の渡洋爆撃を無力とした「イギリス」の最新対空兵器を知らぬか。高角砲弾に長さ数百米の鎖をもって分銅を結びつけ、「ロケット」により弾速を落とさぬやうに発射する。鎖はその倍の直径の円を描きつつ敵機に襲ひかかる{以下略))との話があります。実際にはイギリスはこの種兵器のアイディアは出したのですが、製造には関わっていません。米国も欧州戦線ではこの種兵器はV-1ミサイル迎撃と大戦末期のバルジの戦闘にしか使用してはいません。帆船時代には帆柱を倒す目的のチェーンショットと呼ばれる分銅と鎖の組み合わせの砲弾はありましたが、ここにあるような運動をさせる機能は物理的に難しいようです。
しかし航空機の性能向上から対空兵器の限界が見えてくると、この種の夢の兵器が欲しくなるのは無理からぬことです。

砲弾や爆弾、特に対人殺傷用の榴散弾は地表から一定距離の位置で炸裂させることが効果があるので、これを物理的に実現させるためのタイマーとか気圧計などを応用した信管は日本軍も含めて各国で研究がされています。しかし高射砲(高角砲)の砲弾ではタイマーによって発射の一定時間後に炸裂するものが用いられていました。アマチュア無線をやられた方はグリッドディップメータと言う測定器で御馴染みですが、真空管発振器は周囲に電波を吸収するものがあるとグリッド電流が急減したり、プレート電流が急増する現象が見られます。従って砲弾の中にこの種の発振器を組み込んで、敵機と至近距離まで近づくと炸裂するようにすれば命中率を格段に向上させることができることはすぐに思いつくことです。問題は砲弾の信管と言う限られた大きさ(砲弾自体が10cm内外の直径で信管はその先端に装着するので更に小さい)と発射時の衝撃に耐えて正常に機能する部品と、それを湯水のように使用されるだけの量を製造するための製造技術です。
実は昭和10年代にすでに米国のメーカーでは補聴器用途として超小型の真空管の開発が行われており、私も戦前の「無線と実験」誌に記事があったのを見たことがあります。小型にして更に扁平にすることで加速度に対する耐力は大幅に向上するのです。実際には発射時の衝撃は20000gにも達するけれどまだ信管が作動状態にない(自艦の影響で炸裂しては困るので発射による回転により5秒経過後に作動するように設定、従って2km以上の遠距離用)ので、最も大きな問題はライフルにより高速度でスピンする遠心力の影響で、これに耐えるための構造と砲弾内での配置が行われています。
熱や電源については高々10数秒も動作すれば充分なので問題は少なかったでしょう。アンテナ部分はプラスチックのカバーになっています。
米軍では不発弾の回収により秘密が漏洩することに極度に気を使い、陸方向への発射を禁止していたので欧州戦線では当初は利用されませんでした。
それでも被害の状況から命中率が異常に高くなっている原因を最後まで追究できなかった日本海軍の技術力や想像力の低さはあきれるばかりです。
・この種真空管の開発は日本の雑誌にも掲載されていた周知とも言えることだった。
・航空機の被害状況の急増が単に航空機の性能差や搭乗員の技量の低下などではないことは統計から予測できていたはず。
・当時の日本にも敵国電波の解析のための機材はあった。前線に持ち出さなかっただけ。
若手では薄々は想像していても、そんなことを言い出せない雰囲気があったのでしょう。米軍が機密漏洩に気を配ったのは、この種兵器は原理が判れば対策は簡単で、それによって量産している砲弾が全部使えなくなるからです。
実戦では米軍により最初にガダルカナルの戦闘で使用されました。VTfuzeと言うのは機密保持のためのコードでVariable-Time信管として近接信管であることを偽装していました。
信管の構成は4球式で、発振管、検出部の2段の増幅管、点火用サイラトロン(ガス入り管)から成ります。アンテナから発射する電波の反射を検出して一定の強度になると点火すると言う簡易型のレーダーとも言えます。使用周波数は220MHzあたりです。真空管の開発はSylvania社で行われ、T3と言う名前ですが、これは多分外形(3/16インチ)のことでしょう。
実物の写真がありますが、これは補聴器用のものとほとんど同型の3/16 x 2/16インチの扁平型です。これを縦向きに中央部に配置してスピンによる遠心力に耐えるようになっています。
電池は損耗を防止するために発射の衝撃で液を入れた容器が壊れて作動する仕組みでこれが最小動作時間を決めていたものと思われます。
回路図は Louis Brouwn氏の著書にあったものをトレースしたものです。
分解図はMARK53型信管のものです。

Mark53近接信管
VT信管回路図
VT信管用サブミニアチュア管