VT信管(近接信管)回路図

図に Butement氏設計の信管の回路図の一例を示します。
この信管は次のような原理を利用しています。
ハートレイ発振器(コイルにタップがあるタイプ)に接続されたアンテナによって近傍に電波の反射物があると、それからの反射波の位相関係により発振は強まったり弱まったりするので発振管のプレート電流はその反射体からの距離によって影響を受けます。
この変化は反射体との相対距離が変化すると波長と相対速度に応じた低周波成分(相対速度が100m/sec、周波数200MHzならば数10Hzのオーダー)が生じるので、その周波数成分を増幅して一定強度になると雷管に点火するようにするのです。これは1960年代の初めに出版されたユージン・バーディックの小説「フェイル・セイフ」に近接信管を誤発火させる方法を教える場面にある記述に合致していますから当時にすでに機密扱いではなくなっていたのかも知れません。
この方式は簡単な上に送信と受信の分離や両者の周波数の調整などの難しい問題がないので量産に適しています。現在は電波による妨害技術が進化していますから、もっと複雑な機構が採用されているのでしょう。
相対速度が変化しなければ発火しないけれど、砲弾と航空機の速度差からそんなことは起きないでしょう。多分、周波数は製造での公差からばらつきがあるのでしょうが、コストは安いし逆に妨害が難しくなる利点もあります。回路が発振部と増幅部に分離しているのは個別の単体試験・調整を容易にするためと機密保持のためと思われます。
ゲイン調整は信管を取り付ける砲弾の威力によって有効半径が異なるので使い分けるものと考えられます。
特徴的なのは電池の種類の多さですが、これは当時の電池管では仕方なかったのでしょう。B+には96Vを用いていますから、積層電池の大きさは結構なものとなったはずです。

この回路は当時の技術レベルを全く巧妙に利用して実現した芸術的とも言える構成です。物理的条件である相対速度が一桁小さいならば増幅器部分は直流増幅器のようになり安定したものを実現するのは困難だったでしょう。また発振周波数も一桁小さいならば同じことがおきます。100-200MHzの発振周波数が必要だったことから、この種の真空管式近接信管は1950年代半ばになっても一部をトランジスタ化して使い続けられたものと考えられます。