なんて微妙な気候だろう、雲は白過ぎて空と混じって見えなくて、太陽の在る場所も定かじゃない。
かといって風が強いわけでもなくて、むしろちょっと蒸し暑いくらい。
天候というには、何だか静か過ぎた。


「よりによってどうして旅行なんだよ?」

道を歩きながらブツブツと文句を云う迅雷に、淡雪が軽蔑の眼差しを傾けた。

「あれぇ? 迅雷君たら旅行の素晴らしさがワカラナイの?」
「そうそう、部屋の中だとあんまり帽子、被れないしね」

久遠が満面の笑みで、淡雪と一緒に迅雷を貶す。
つい先日彼女が買った帽子は、彼女の沢山の帽子の中でも特にお気に入りなのだ。
久遠の足元には、ちょこちょこと蔡がついて行く。

今日、黒茶達は珍しく旅行に出かけてきたのだ。
最近皆で外に出ることが少なくなったので、黒茶がこっそり計画していたのである。

「そういえば風雅は? ……と雨音」
「誘ったんだけど、どうしても外せない座禅会があるんだって」
「へェ」

行く場所はソルガ村。少し離れたアルロジック国の、小さな村。

「ソルガ村ぁ? あそこは最近、ナントカ族ってのが多発してるんじゃなかったのか?」
「バズ族、でしょ? 大丈夫、全員誰かに倒されてるって噂だから」

更に顔を歪ませて、迅雷がたじろぐ。

「それってさァ……強いバズ族よりもっと強い奴がいるってコトじゃないのか?」
「気にしない、気にしない。現れるのは極稀だって云うし」

黒茶は全く気にしていない様子。
世間の動きにはかなり興味の薄い迅雷は一回、ブル、と身を震わせた。

紺が黒茶達に話しかける。

「ソルガ村の人々はね、凄く優しいんだって」
「優しい?」
「心が温かい人ばかりなんだよ、きっと」
「楽しみね」

* * * * *


「何だかとても降りそうな天気ですわ、フィリアさん」

クルクルした紺色のカール毛を少し揺らして、夕飯の支度をしていた女性が窓を眺める。
歳は十六、七といったところだろうか。妙に落ち着いた雰囲気を持つ女性だ。

んん、といった調子で、同じ年頃の、近くのソファに座っていた女性も顔を上げた――女性、だと思うのだが。
ソファの上で女性がしている体勢は、おしとやかなお嬢様とは程遠い、女にしては下品な格好だったのだ。
けれど、周りの人々も別に気にするわけでも無くて。

「午後の降水確率、八十パーセントだしなぁ。……ルーシー! 洗濯物取り込んどけよ!」

黒い長髪の女性がソファから叫んだ。
その叫び掛けに、リビングからいかにも怒っている黄色い声が返ってくる。

「うっさいなぁー! 自分で取り込めば良いでしょ」
「じゃあ僕が取り込んでおきますね」

眼鏡の男性が、ニッコリと笑って席を立つ。
そして同時にフィリアと、ルーシーと呼ばれた十歳くらいの女の子がお互いを睨んだ。

「ホラー! 姉貴がやらないからダリルにやらせることになったでしょー!」
「オレはお前にやれって云ったんだよ、聞こえなかったのかー!?」

緑髪の、眼鏡の男性はダリル、という名前らしい。
顔の整った美青年で、すぅ、と立った時に改めて見ると、とても足が長く、スタイリッシュの良いモデルだ。
三人よりは年上に見える、十九、いや、もっと年上なのかもしれない。

「ねェねェ、アミーナさんっ! 夕ご飯、あとどれくらいで出来る?」

ルーシーがリビングのテーブルから乗り出してキッチンを覗いた。
そして“アミーナ”と呼ばれた女性は、笑顔でルーシーの問いに答える。

「えぇと、ヴィシソワーズも出来てますし、オーブンのチキンが焼き上がれば完成ですわ。
 今夜は冷たいポテトスープとチキンと、絞り立てのアップルジュースです」
「やったね! あたし、アミーナさんのヴィシソワーズ、大好きなんだ!」
「有り難う御座います」

ダリルが戻ってきて、お待たせしました、と微笑む。

「ダリル有り難う。ゴメンね、やらせちゃって」
「ゴメンなー。猿が云う事聞かないからさぁ」
「いいえ。大丈夫ですよ」


「降りましたね」
「うっわ、ホントだ。タッチの差だな」

外は何時の間にか、夏の夕方にも関わらず雨がザンザン降っていた。

* * * * *


バシャバシャバシャ。
泥の中を必死に走る音が、雨の激しい音と一緒になって誰もいない野の小道に響く。

「もーっ、迅雷! どうして折りたたみ傘、入れといてって云ったのに入ってないのーっ!?」
「何何、迅雷ったら最悪!」
「何だよ、俺のせいか!?」

顔を歪めた迅雷に、黒茶が早口で促す。

「喧嘩してる場合じゃないの! 今は私達全員の宿を探すのが先決っ!」

ちっ、と舌打ちして、迅雷は横を向いた。
迅雷は無口に成ったけれど、目だけは懸命に僅かな灯かりを模索していた。

「帽子が濡れるぅー!」

久遠の帽子はもう散々雨に打たれていたが、防水性だったのが不幸中の幸いだっただろう。
それを聞いて淡雪も嘆く。

「あたしのクエーサー君も濡れちゃう……」
「クエーサー君って……連れてきたの?」
「勿論。それからエリザベスちゃんとジューンちゃんとキロ君と、それからルザー君も連れてきた」
「……」


もうあまり道の先も見えない。
雨で視界が遮られて、これ以上我武者羅に進むのも危険だ。
全員が、無我夢中に走るのを諦めようとした、そのときだ。


「ね、あれ! 家じゃない!?」

紺がその小さな指を必死に前に向ける。
その先には、ボンヤリとではあるが確かに灯かりが見える。
それはまだ小さくしか見えないけれど。黒茶達にとってこれほど有り難い光は無かった。

「ホントだ! もぅ、紺、最高っ!」

この雨の中でもハイテンションに、淡雪が叫んだ。
もう黒茶達の体はどこもかしこもずぶ濡れで、靴までもが水分をたっぷり含んでいた。
これ以上体力を消耗しても無駄だし、中にはまだ体力のあまり付いていない紺がいるのだ。

手段は選べなかった。
皆が皆ヘトヘトだったから、走る余裕もなくて。
黒茶達はずるずる、と自分の荷物だけを引き摺って、やっとのことで灯かりに近づいて行った。

家の周りの少しの熱気で、自分たちの体が酷く冷えていたことがわかる。
紺はぶるっと身震いをして、上にあるドアの窓を見つめた。

黒茶が震える手でノッカーを叩く。


「ご免下さーいっ!!」



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