一体如何云う事なんだ!? 他の街や村からは偵察隊が帰って来てるのに――何故ソルガ村から誰も帰って来ない!? 最小の村だろう!? 何をやっているんだ!!
「……」

 黙りこくったギラドと怒声を飛ばす男性のシルエットが、不気味な建物の窓にくっきりと映っていた。

「――唯一三番隊だけ全員が帰って来たのだ、皆の者、見習えよ?」
「――!」

 ギラドの頬の横を、つぅ、と冷や汗が流れる。自分達が帰って来れたのは、フィリアと戦って、そして自分の中に封じこめた筈だった感情――仲間意識が蘇ったから。生物というのは不思議なもので、元々あったものをいくら封じ込めても、浮き上がってきてしまうのだ。ギラドにとっての媒体となったのは矢張り、フィリア戦だったのだろう――。
 以前フィリア達に敗れた者は戦意を喪失して、バズ族の紋章が刻まれる前に逃げ去ったに違いなかった。その証拠に、居なくなったのは紋章を腕に巣食わせていない、隊員ばかりなのだ。
 これ以上フィリア達が勝ち続けると、今度はギラド自身が危なくなることに――ギラドは気付き始めていた。



「ねぇ。アミーナさん、まだ気がつかないの?」

 入ってきたルーシーは、そっとフィリアとダリルの様子を伺った。

「……」

 フィリアはベッド脇の椅子に座って黙ったままだ。その眼はアミーナだけを捕らえていて。彼女の膝の上に握られた手は、微かに震えていた。セィブルに馬鹿にされたのを思い出しているのかは解らないが、フィリアがアミーナを心配し過ぎているのは充分に解った。だから、ダリルもルーシーも。何も喋らなかった。

「……まるで眠り姫だな」

 フィリアが表情を変えずに口走ったけれど、その声さえも今は震えている。無理してその場を和めようとしたらしいのだが、わなわなした彼女の口調は逆に、重苦しい雰囲気を醸し出した。心配だったのは、アミーナが目覚めた後のことだけではなかったのだ。今――疲れ過ぎたアミーナは、本当に目を覚ましてくれるのか、ということ。
 フィリアの目から涙は流れない。でもその代わり、開かれた瞳孔はさっきから一回も瞬きをせず、乾き切ったフィリアの目は真っ赤だった。

「体に異常はありませんし――脈も正常でした。外傷も見当たりません、絶対、目を覚まされますよ」
「あぁ……」

 さっきからダリルの理論的説明もずっと聞いて居たし、それを理解しているつもりではいる。でも、フィリアは曖昧な返事をしただけで、さっきと全く変わらない。
 ダリルは少しでもフィリアを喋らせようとしたに違いない。静かに席を立って、少し小さな声で話し掛けた。

「僕、何か夕食買ってきますね」
「……頼む」

 フィリアはそれだけ言うと、その赤くなった目をダリルに向けた。

「――有り難うな」
「ええ」

 ドアが静かに閉まった。
 ルーシーは、再び無口になって下を向いてしまったフィリアを覗き込んだ。

「……姉貴、心配なのもわかるけどさぁ、アミーナさん気がつくよ。このままじゃ姉貴の方がおかしくなるって」
「あぁ……」
「ねェ! あぁ、じゃないでしょ! ホントに真剣なんだってば!」
「……」
「アミーナさん気がついたときに姉貴が倒れてたらどうする!? アミーナさんまた悲しんじゃうよ!?」

 ピクッ。

 アミーナの手が僅かながらに反応する。

「……!?」

 フィリアがその手を握り返して、必死にアミーナに呼びかけた。他の誰よりも必死に――、フィリアはアミーナが目覚めてくれることを祈っていた。

 カッ、

 突然薄い灰色の光がアミーナを照らす。光の発信源は何処なのか解らなかったが、その閃光は一瞬で消え去る。フィリアとアミーナは顔を見合わせる。

「……見た?」
「あぁ……! 若しかしたらアミーナも……!!」

 そのときだった。アミーナの目がうっすらと開けられた。

「……あら?」

 それはそこに居る二人と外に居る一人が一番望んでいて、現実になって欲しかった現実。アミーナは気がついたんだ、今この瞬間に。
 でも、そこにはまた次の難関が待ちうけていた――フィリアは呪えるものなら呪いたかった、“神”が存在するのなら。

「私、どうして此所に居るんでしょう?」
「アミーナさん、それはその――」
「止せルーシー。もっと時間が経ってからだ」
「……うん」

 アミーナにもその場が理解できた。決して起き上がったばかりのアミーナに出来るような軽い話ではなかった。その上、寝起きなんて生易しいものじゃない、もう少しで爆破に巻き込まれる所だった緊迫感を、必死で掻い潜ってきたあとだ。アミーナの疲労は激しかった。たとえ今の睡眠で補ったとしても足りないくらい。


「済みません、簡単なものしか買って来られなくて」
「いや、大丈夫だ。行かせちまって悪かった」
「充分だよダリル!」

 アミーナの、フォークを使う手が止まっている。そう云えばさっきから一口もそれを食べていない。ダリルが買ってきたのはパンとジャム数種類だったから、無駄にはならないけれど、それでもアミーナが、他の家でご飯を残すなんてことをするのだろうか。

「どうやら話さなきゃいけねェみたいだ……」

 フィリアの目が何時になく真剣だ。続いて、ダリルもルーシーも、アミーナも真剣な顔つきになって、食べるのを止めた。

「……アミーナ、最初に聞く。――今からの話は全て事実だが――アミーナにとって少し辛いかもしれない。大丈夫か?」
「えぇ」
「――」

 それは全く迷いのない答えだった。勿論、好奇心からの問題でもあった。父親と話したあと部屋へと連れ込まれて数十分、何故ドアに爆弾が仕掛けられていたのか。そして何故フィリアさん達がそれを知っていて、助けに来てくれたのか。

「全て最初から話さなきゃならない」



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