久島のとことか,どうだろう。たまには俺があいつの厄介になったって,罰は当たるまい。
「あの」久島と「あの」水上さんの家庭ってどんなんだ?と皆さんお思いだろうが,これが意外とフツーなのだった。ミディアムチェリーのフローリング,ソフトグレーの革張りのソファセット,ベンジャミナの鉢,天板がガラスになったテーブルの上には,耐熱ガラスのカップに注がれたカモミールティー。
お茶のお代わりを注ぎながら,この家の主がおっとりと,上品に微笑んだ。
「今召し上がるなら,胃に優しいものがいいですよね? 卵とじうどんとかなら,すぐ作れますけど」
「あ,いや。おかまいなく……」
礼儀としてお断りしてみたが,水上さんは「まぁまぁ,そう言わずに」とか何とか言いながら,台所へと入っていった。正直朝から何も食ってないんで,あったかい食べ物(それも胃に優しい食べ物)は涙が出るほどありがたい。
……しかし,いい生活だよなー。
これがキルスだと,酔っ払って人ん家に不法侵入して冷蔵庫のポカリイッキ飲みしたあげく,「真ー,なんか夜食つくってー。胃に優しいやつねー。でなきゃ食わないぞー」とか言いやがるぞ。
いやホント,いい生活だ。
……羨ましいかって言えば,それはちょっと微妙だけどなー。とりあえず,何でピンクのエプロンドレスなんだろうあの人。個人の趣味,と言えばそれまでなんだけどさ。
久島の趣味だったら怖いよなぁ。
「大谷さん,すみませんが」
背後から声をかけられて,俺は飛び上がった。
「はっ,はい!? 何でしょう」
「すみませんが,真二さんを呼んできていただけませんか? 真二さんもさっき帰ってきたばっかりなんで」
「あ,そうなんですか」
そそくさと立ち上がり,廊下の突き当たりにある久島の部屋へと向かった。この家に来たのは3回目だが,久島の部屋ってすぐわかる。だってドアに,
『真ちゃん2号のおへや』
とか,プレートがかけてあるんだもんなぁ。
しかもビスケット文字だよ。
誰の趣味だこれ。
「おい,久島? 水上さんが夜食できたってよ」
ノックしてから,声をかけてみる。返事がない。
「おーい,久島?」
やはり返事がない。ただのしかばねのようだ。
じゃなくて。
しようのない奴だな。うどんがのびたら水上さんに悪いし,起こしてやるか。(⇒次へ)
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