*** SCENE 03 ***
 



「泪さん,誤解です!」

 俺は楓を突き飛ばし,慌てて起き上がりながら言った。
「あら,誤解って何がですか?」
「……で,ですから,今のは誤解なんです。帰ってきたら楓が勝手にソファで眠ってて,それを起こそうとしたらですね」
「あら」と泪さんは微笑んだ。「そしたら楓が転がり落ちてきたんでしょう? で,それを受け止めようとしたらそういう体勢になっちゃったんでしょ?」
「そ,そうです」
「それくらい,見ればわかります」
「そ,そうですか?」
「そうですとも。というか大谷さん,私が一体何を誤解したと思ってらっしゃったんですか?」
「…………」
 返答に詰まっていると,勝手にア○ヒドラ○を開けながら,
「例えば,真と楓が今まさにキスしようとする瞬間に来合わせちゃいましたー,あらやだごめんなさいね私気がきかなくてー,とか?」
 おまえはどうしてそう余計なことしか言わんのだキルスよ。
「ってか何で俺が楓とキスせにゃならんねん!」
「違うの?」
「ちーがーうー!  違いますからね泪さん! そんな誤解はしないでください!」
「大谷さん」
 泪さんは微笑みを顔に貼り付けたまま言った。
「だから私,そんな誤解はしていません」
「…………」
「それとも何ですか? 改めて私に言い訳しなければならないような,何か後ろめたいことがあるとでも?」
「と,とんでもない」
「そうでしょうとも。私は大谷さんを信じていますから」
「そ,そうですか。ありがとうございます」
「ええ。私にはちゃんとわかってますから。単に楓が家に帰ってきたくなくって大谷さんのところに入り浸って,それを人の好い大谷さんが甘やかしてするがままにさせといて,さらに合鍵まで渡して,それで今日も楓が勝手にソファで寝てて,それを起こそうとしたら楓が転がり落ちてきて,それを受け止めようとして転んで30男が2人,みっともなくもまるで抱き合うような格好になってしまった,なんてこと,ちゃんとわかってますから」
「…………」
 以上,これまでのあらすじでした。
「あ,あのですね,泪さん……」
「大谷さんは何も悪くないんですよね。ちゃあんとわかってますよ」
 でも,理性と感情は別なのよね……などという正直すぎることを呟きながら,泪さんは肩にかけていたバッグから,バインダーと計算機(12桁)を取り出した。
「そう言えば大谷さん。締め日を明後日に控えまして,いくつか問題点が」
「な,何でしょうか」
「イリーガルに対する人件費の件と,村崎さんの異動届けの件と,今日発注したレネゲイドチェッカーの数が全然あってない件と,3階の洗面所のパッキングが軒並みゆるんでいる件と,伊達さんがぶつけて壊したフェンスの修理費の件と,お客さま用に買っておいたら紫音さんが勝手に食べちゃったマドレーヌの件と,」
「や,そのへんは俺に言われましても……」
「明日でもいいかなぁ,と思ってたんですが,お元気そうですわね?」
「……………」
「お元気そうですわね。いい機会ですから,これから全部片づけてしまいましょう。そうしましょう。ね,大谷さん?」
「……………。はい」

 嗚呼。余計なこと言うんじゃなかった。
 安らかな眠りよさらば。ってか,次に眠れるのはいつだ。

END


《管理人からヒトコト》
 えー,一番ありがちなエンド。がんばれ大谷さん。
 泪ちゃんときたら,一応大谷さんが悪いんじゃないということを「理性では」わかっていたらしいです(笑)。

(⇒最初からやり直す)