グアバジュース2 20020602
いらいら、した。 「…だから何が言いたい」 「は?」 「俺とはもう組みたくないならハッキリ言いやがれよ!」 「ちょっと待て海堂、なに、っ!」 彼の手が髪をなぜるたび、首筋をかすっていく指にイライラしていた。だから、ぱん、と思いっきり払いのけた。手の甲に相手のツメが鋭くかすめてチリリと痛んだ。隅のほうにほっておいたテニスバックを担いでそのまま部屋を出る。本棚の置かれたお世辞にも広いとは言えない廊下を、バックがモノに当たらないよう気をつけながら玄関に急ぐ。彼の両親が居なくて良かったと思った(居たら挨拶なしで帰れないから)。 「だから、待てってば!」 「っ、!」 玄関はまだ先。後ろから肩を捕まれて、力任せに振り返らされた。骨に食い込む指先が酷く痛い。体がイタイのより他のトコロが。ギン、と睨みげるとそれ以上の力で見下ろされた。らしくない、焦った慌てた、怒ったような表情。ほんの少しだけ乱れた息が掛かる。このヒトのこんなに強い感情はぶつかったコトがなくて、思わず身が竦んだ。無意識に肩をつかむ手を払いのけようとして、一層強い力で押さえつけられた。そして、彼が笑う。イヤな笑顔――らしくない、酷くらしくない。 「怖い?海堂。ゴメンね、でもお前も悪い。イキナリ逃げ出すお前が悪い。逃げられれば捕まえたくなるんだよソレくらい分かるでしょ?」 わざとヒトの感情をなぶるような言葉。ソレは彼の常套手段。それでもこんなに攻撃的に逃げ場なく言われたコトなんでなくてどうしたらいいのか分からない。なぜ彼が何時もの様に自分を受け流さないのか分からなくて――受け流されるのも、酷く不快なのだが――、訳もわらかず彼が用意したセリフを吐く。さっき擦った手の甲が、また、チリとした。 「逃げてなんかっ…」 「そう?じゃ、なんで返事してくんないんだよ、泣くよ俺」 肩を捕らえてる彼の手から力が抜ける。ふ、と解放されたと思ったらその腕は背中に回った。そのまま上からキツク被さってくる。こっちのコトを考えていない、一方的な抱擁。さっきの体温を分け合う類のヤツとは全く違う。無遠慮な力で押さえつけられた腕が軋む感じすらした。胸の辺りが圧迫されて、ふ、と息が詰まる。 それでも彼はそのままで言葉を続ける。こんなに、彼が傍若無人なのは初めてで、今日は、試合に全力で負けた今日は、やはり彼も常に高い位置に留まっている感情をそのまま保つことは出来ないのだと思うと嬉しくなる。いつも、感情の波が不安定だと(彼に)言われる自分としては。 「ねえ、海堂はシングルスやりたいんでしょ?やればいいじゃん、お前なら出来るよお前はもっと強くなる。それなのにさ、なんで怒るの?分かんないよ海堂」 畳み掛けるような。それでもさっきまでのような鋭さはなくて、どこか力ない感じ。顔が見えない。とても、顔が見たいと思った。もっと言えば、目が見たいと思った。遮光のレンズで表情を隠すその後ろが、今、とても見たい。腕ごと抱き込まれたのが酷くもどかしい。なんとか動く肘から下を、覆いかぶさる彼の腕に重ねた。 ヒク、とその腕の筋が動いたのが分かった。自分の行為に返る反応は、面白い。 「……海堂?」 なんか言ってよ、と耳元に聴こえる彼の声が懇願のようで気持ちよかった。酷く混乱した様子の彼が、楽しい。その裏に、何か見たいモノが見えるような気がするから。気付けばイライラは消えていた。今は、とてもワクワクしているような自分がいる。いや、高揚していると言うべきか。試合の前のような。 「先輩」 フト考える。見えるような気がする、期待したものが返ってこなかった。自分が酷くうぬぼれていただけであったら。それは酷くみっともない、プライドにかけた様だろう。足が竦むような思いだ――まさしく試合直前。今日も、こんな感じだった。 「俺は、強くなる。絶対、負けたくない」 「そだね」 それは、当然。そのために必死にやっている、誰より強くなるためだ。自分が、勝つためだ。酷く当たり前。そんなこと、目の前のヒトだっていやって程知ってる。それでも彼の知らないことだってあって。 彼が自分を考えるように、自分も彼を考えているのだというコトを知らせてやりたい。出来る限り、本音に近い言葉をさがす。 「それでも、あんたに半年付き合ったって構わない」 「……っていうと?」 「つーか、ダブルスで勝たなきゃ気がすまない。あんたとダブルスで勝たなきゃ、嫌だ」 顔が見えない。目が見えない。彼が何を思っているのか、読めなくてもどかしい。のけよう押し上げてもピクリとも動かない腕にイライラとする。彼が、何を、考えているのが、読めないから――もし。彼が俺にシングルスを勧めたのが、彼がシングルスをやりたかったからだとしたら。俺がいくら『嫌だ』といったトコロでどうしようもないコトはよく分かっている。イライラと、彼の腕をこぶしで叩いた。 「なあ、も一度聞くッスよ、あんたは俺と組むのは嫌ですか?」 「まさか」 即答で返る声。その速さにすこし驚いて、そして笑った。嬉しいというより、ほっとした。体から、力が抜けて、自分が無意識に力んでいたコトに気付かされた。反対に、回された腕は余計強くなった。すこしなんてもんでなく、苦しい。文句を、言おうとして。 「…まさか。」 繰り替えされる彼の声、そして首の辺りに感じる乱れた息遣い。フ、という詰めた吐息がした。 「……せんぱい、腕、解いてくれますか」 「あ、ああ」 すんなりと、解かれる拘束。長い時間ではなかったが、あんまりに強い力で押さえつけられた腕は、動かすとすこし痛んだ。ずき、と鈍く走る不快感はどうしてもという程のモノじゃない。かまわず腕をあげた。そのまま彼の頭に伸ばす。首の後ろに手を掛けて、力任せに引き寄せた。真正面から彼を見たかった。バランスを崩して彼が再び肩に手を乗せてくる。今度は、軽く。 「……わ。なに、海堂」 「別に。」 「ふーん、そう」 彼が大して驚いていないのが残念だ。すっかりと自分を取り戻したらしい彼の表情にに少しばかり悔しさを感じる。結局俺は、彼の焦った動揺した怒った表情を見ていない。考えていたコトが分かったのか、彼は真正面で笑った。たった一つしか違わない彼が見せるこの余裕が、いつも自分を焦らせるのだ。ほんの数瞬前までは同じラインに立っていたかように思ったのに。唇をかんだ。彼が、ますます笑う。ますます、イライラする。 ゴツ、と額をぶつけて言った。 「全国、勝ちましょう」 「もちろん?」 にやけた顔がむかつく。 いつかアンタにも勝つ。言外の言葉は通じただろうか。 庭球王子 or グアバジュース1 or グアバジュース3 |
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いかがでしょうか〜鋼なりにラブでスイート。痴話喧嘩。 ユウさま、リクエストどもう有難うございました!! |