>>>書き下ろしショートストーリー【LOVEIN' YOU】

         


事故は一瞬の出来事だった!』

彼との待ち合わせを急ぐ彼女は高速道路で、思い切りアクセルを踏む。
カーステレオからは、お気に入りの曲が流れている。
幸せのあまり曲を自然と口ずさむ。

次の瞬間激しいクラッシュ!
今までの人生が、特に彼との幸せな思い出が走馬燈のようにフラッシュ・バックした。


気がつくと、エリック・サティが流れる落ち着いた部屋で、心地良いクッションにすわっていた。
ブラインド越しに優しい西日が入る。海が近いのだろう時折、波の音が聞こえる。天井にはゆっくりと ファンが廻っている。壁には好みの絵が飾ってある。
時が優しく流れる空間だ。

目の前には、がっしりしていて、澄んだ目の男が座っている。だが、彼女を見つめる眼光は鋭い。
「私、どうしてここに?」彼女は思わず聞いた。
男は落ち着いた態度で、低く力強い 声で
「あなたの人生は終わった。ここが天国だ。」
その心地よい部屋は、彼女のイメージしていた、死後の世界とは大きくかけ離れていた。
「みんなそうだ。君もそうだろ?」
男は身を乗り出して彼女の耳元で囁くように。
「ここは安らぎの世界だ 。君が生きてる間に描いてた世界はすべてここにある。」
彼女は直感的に納得した。ここが天国なのだと。
次の瞬間、逢うはずだった彼の事を思い出す。
そして、「彼に逢いたいの」と男に訴える。
男はオーバーなゼスチャーで首を横に振りながら
「それはダメだ。彼は生きてる。生きてる人間に逢うことは出来ない。」
そして男は続ける
「君の大好きな3年前にここに来たおばあさんにも会えるし、君の両親も暫くすればここに来る。」
それでも彼女は「どうしても、彼に逢いたいの!」あふれる涙を抑えることも出来ず男に訴える。
「今なら生き返ることは出来るが、一番大切な物を失う。それは悲劇だ。」
それでもいいと彼女は男に泣きながら訴え続けた。
「悲劇になるのは間違いない。それでもいいのか?」
男は鋭い眼光で聞く。
「いいの!でも彼とは逢えるんでしょうね?」
「逢えるさ。生き返れば。でも本当にいいんだな。」
「もちろん。彼と逢えるのだったら。」
男は何も解ってないと言う顔を彼女に向け、そして静かに目を伏せた。



次の瞬間 彼女は目を醒ました。
いつもの彼の顔が目の前に!(生き返ったんだ!そして最愛の彼は私の元にいる)
ただひとつ、いつもと違うのは彼の白衣すがただった。
彼がゆっくりと彼女に話しかける。
「奇跡的に一命は取り留めました。これも旦那さんのお陰ですよ。世界で最高の施設を誇る私どもの病院で最高の蘇生術を施したんですから。」
(何を言ってるの?)
「残念ですが、お腹の子は・・・。私も二児の父ですからお気持ちは察します。」
(どういうこと?なぜ彼に子供が?私の子供って?)
「それからこれは先程旦那さんの秘書の方がお見えになってお渡し下さいと」
看護婦がむき出しの小切手を彼女に手渡す。
「 旦那さんははずせないお仕事があるそうで、こちらにはお見えにならないそうですが。」
その小切手には高額の金額と男のサインが。
そのサインは、彼女もマスコミでよく見る女性スキャンダルと汚職が絶えない彼女が最も軽蔑する、代議士の名前が。

「ほんとに良かった。私も三日徹夜であなたの命を助けられて。医師としては当然のことですが。後は暫く安静にして下さい。私も家族の顔を見たらまた、登院しますから。」その顔はいつもの優しい彼の笑顔だった。


すでに悲劇は始まっていた。

 


 

 

 
 
 
 
 
 

 

           

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