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| サターンは、その顧客満足や顧客ロイヤルティーの高さで知られる(アメリカのJDパワー社の調査では、LexusやMercedezといった高級ブランドに比肩して常にトップ3に入っている。) クルマではなく、企業や人を中心にした広告も評判を呼んだし、90年代のブランドビルディングの成功例として、D.アーカーなど学者の著書にも登場する. 自動車ジャーナリズムは、「サターンは文化」といい、その熱心な従業員と顧客を見て、「宗教」にたとえる事もあった。アメリカのサターンリテーラーは、これまでの自動車ディーラーになかった形で、顧客と接し、そこにSaturn Differenceが生まれた。 |
![]() カリフォルニア州アーパインにある、サターンオブサンタアナ。月に新車、中古車合わせて100台以上販売する |
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| 日本でも、同じようにサターンの事を高く評価した人は多いし、サターンの工場を見て、リテーラーの人間と接して、サターンがとても好きになった人たちがいる。 一方で、サターンの日本導入にあたって「アメリカ人の勘違い」と言ったり、「日本人は、親切やサービスをあたりまえと思っているから、アメリカのように販売店は差別化にならない」と考えた人たちもいる。 サターンが、5年足らずで日本市場を去ることになったことを思えば、懐疑派が正しかったかと思われるかもしれない。 しかし、ビジネス上の成否だけで、サターンを語ることはできない大切なものが、あることも事実だ。 | ![]() . 1日100台以上のくるまが、サービス入庫する。 |
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| 「サターンには、どこか人の心の琴線に触れるところがあるのでしょう」と、リテーラーのある経営者は、語ったことがある。この人(残念ながら故人となられた)は、30年以上国産自動車のディーラー一筋にやって来た人で、一番輸入車をやりそうになかった人だったそうだ。 サターンに参画したすべてのディーラーは、一応にその顧客志向の哲学に惚れた人たちだった。 彼らの多くは、サターンに出会う前から、顧客重視を実践する一方、従来の自動車販売の方法に限界を感じてもいた。 サターンは、「顧客のことを真剣に考え、顧客に友人のように接し、顧客の期待をほんの少し上回る」ことを、明確な理念とそれを支えるシステムを持って教えた。その基本理念は、当たり前のことを、当たり前に行う単純なものであったが、一度これを納得すれば、規則やマニュアルは要らない。 一人一人がこの単純明快な原則において行動するからである。 | ![]() サターンでは、納車時にポラロイドで写真をとってこのようにリテーラーに掲示する。 |
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| アメリカでは、ディーラーの間で、サターンのフランチャイズはとても人気が高いし、200万台以上の保有台数が既にあるから、ビジネスとしても成功しているところがほとんどだ。 リテーラーの経営者、従業員、そして顧客は、サターンに商品以上の何かを、利益の追求に飽くなき現代の資本主義とマテリアリズムに対する「反省」、もしくは「癒し」を見ているともいえる。 アメリカのように、個人が離れ離れである社会において、昔の共同体や懐かしい近所付き合いを思わせるような「relationship」をサターンは呼び戻した。 アメリカでサターンは、リベラルで進歩的というイメージとともに、保守的なミドルクラスに訴える庶民性の両面を持っている。 | ![]() 1999リテーラーに寄せられたthank you レター。どれも熱い感謝の気持ちがこめられている。 |
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| ある若手自動車雑誌編集者は、テネシーにサターンを取材し、サターンが随分と気に入ったが、日本では10年早すぎるかもしれない、と語った。「日本でも、サターンに共感する若い世代は確実に到来するだろうが、ブランド信仰はいまだに健在だし、物質主義は当面幅を利かせるだろう」というのが彼の鑑定だった。 アメリカのようにサターンのような価値観を自信を持って受け入れる「個人」が成長するまではまだ時間がかかる、 ステータスや商品の特殊な魅力がないと、日本での輸入車としては厳しいだろうと。確かに、それは真理をついていたかもしれないが、それでもサターンは、チャレンジした。 | ![]() サターン工場のWelcome Center。 テネシーの草競馬の厩舎をそのまま改装したもので、内部には、サターンに関する展示やグッズショップがある。 |
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| Return of Saturn | |||
| ピーター・ドラッカーは、その著書「マネジメント」の中で、「企業の唯一の目的は、顧客の創造である」と言っている。サターンが、日本で沢山の顧客を創造出来なかった主な理由は、商品ラインアップと販売店舗数が少なかったからだ、とは今日誰もが指摘することだ。 日本のユーザーが輸入車に期待するものは、国産車と明らかに差別化されたスタイルや乗り心地であったり、またステータスシンボルとしての記号性であることは確かである。 しかし、サターンに共感した潜在顧客は、意外と多かったと思う。(サターンが最初に日本に導入された97年4月、一週間で1万人を越える人が、8つしかなかったサターンの店を訪れた。)サターンには、意志と信念は過剰なほどにあったが、戦略は完全ではなかったし、そのことはある程度理解されていた。。 だが、完全な戦略を持ってスタートするプロジェクトなど一体どれだけあるだろうか。 要は、継続し改善することだ。 | ![]() 1999年北米自動車ショー。 3ドアクーペがデビューした。リア席にあるのは、チューバ |
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| 日本で、サターンが長期的戦略を謳いながら、マーケットを去ることになったことは、誠に残念だ。 特に、アメリカでは中型車LシリーズやSUV(2001年秋導入予定)が投入され、ラインアップが充実してきただけに、この思いは強い。 GM本社が日本のサターンを諦めた背景には、USサターン本体の収益の悪化がある。 アメリカで、サターンは、車種拡大を図る過程でGMに再吸収されつつある。 多車種の開発や生産は、9000人余りのサターン社単独では成し得ず、開発や経営資源的にもGMのサポートが必要になっている。 アメリカのサターンは最近また元気を取り戻しつつある。 苦しかった時期を経て、Lシリーズの販売も軌道に乗ってきたし、待望のSUV 「Vue」が今秋発売である。JDパワーの顧客満足度調査でも再びLexusと並んでトップとなった。 アメリカでサターンが健全である以上、そして日本でサターン車が乗り継がれている間は、サターンは健在である。 戦略を改めて、日本で再びサターンが販売する日が来るかもしれない。 その時まで、サターンファンとして、アメリカのサターンの成長をずっと見守りたい。 |
![]() 保有台数は少なかったが、日本でもサターンの顧客満足は非常に高かった。 ![]() |
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デイビット・アーカー「ブランド優位の戦略」 1997年 ダイヤモンド社 David Aakar教授は、この本で、一章を割いてサターンを取り上げている。 |
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