サターンとの出会い
サターンに触れた人は、大抵、それが単にクルマであるだけでなく、一つの「カルチャー」であったり、人と人の「関係(relationship)」であると感じる。 サターンオ−ナーの熱狂ぶりから、アメリカでは、時に「宗教的」とさえいわれた。 僕達が初めてテネシーのサターンの工場を訪れ、そこで働く人たちが笑顔で振り返り、手を振るのを見る時、そこには、「工場」とか「生産」といった言葉からは想像し難い、明るく朗らかな雰囲気がある。 うつむいて見学者の視線を恥じているような、通常の工場ラインとは明らかに違う、人間的なものを感じる。

                    

ナッシュビルのスカイライン。Battman towerのようなビルは、Bell South。

サターン工場の遠景。hay(干草)の収穫が終わった丘陵の向こうにプラントが見える。
サターンの工場は、テネシーのナッシュビルからクルマで40分あまり南に走った広大な牧歌的風景の中にある。インターステート65は、テネシーを南北に横切りミシシッピー州を抜けてカリブ海に突き当たる。 サターンの工場へは、このI65から、サターンパークウェイに入り、しばらく西に行ったスプリングヒル市にある。 工場といっても、辺り一体は緑に囲まれた丘陵で、フリーウェイのランプを降りる際に、眼の前に工場の屋根の上部が僅かに見えるのみだ。周囲の環境と溶け込むように、岩盤を3メートル以上掘り下げ、そこに建物を建てた。 敷地内にあった何百本もの木は、伐採せず、一旦苗床に移植し、後で敷地内に植え直している。
敷地内には、人工の池が何箇所もあり、アヒルや鴨がそこでのんびりと横たわっている。 総敷地面積は、200万平方メートル(東京ドームの20倍以上)、工場建屋面積には、その10分の1をあてているに過ぎない。その広大さにまず驚かされる。 敷地内では、ソラマメやとうもろこしや干草(hay)が今も栽培され、隣町のコロンビアの市場に出荷されている。
                   
                      
工場の建物は、薄いグレーとブルーのカラーリングで統一されており、建物の上部の淡いブルーは、テネシーの空の色にそのまま溶け込むようだ。  「環境と人間との調和」を図った工場という文句は、どこの企業のパンフレットにも登場するものだが、サターンの工場を設計した技師は、徹底して工場が自然環境に一体化するように配慮している。
アメリカ19世紀のフロンティア開拓の歴史は、自然を切り開き、これを征服した歴史であり、その過程で、何世紀もの間に育まれたぶな林が伐採され、旅行バトのような動物が絶滅した。伐採、殺戮しながら生き抜いてきた人間が、自らの存在への脅威でもあり、同時に安息の場でもある「自然」と、「生産」という人間的営みの二つの融和を図ろうとした姿がここにある。              
                     

敷地内の池。アメリカでは、防災と自然保護の目的から、、工場はこのような水源を作ることを義務付けられる
人間の「住みか」として設計された工場
サターンの工場の中では、人間の感覚との調和が、到るところで図られている。 ボディーショップ、塗装ショップ、パワートレインショップ、組立てショップという4つの工程は、それぞれ独立した建物だ。 従業員は、4つの建屋を囲み込むように配置された駐車場から、2階に相当する高さのアプローチを通ってアクセスする。 
工場内は、完全に空調が整えられており、電力は、中心部に位置するユーティリティーセンターから供給されている。 パワートレインショップの広大な建物の中には、鋳造炉から、エンジン部品の切削、組み立てまで、すべて同じ屋根の下で行われ、鋳造につきものの高熱、粉塵からとはほとんど無縁といっていい状態に、空調と廃棄物の処理がコントロールされている。 華氏100度に迫る真夏の空の下で、鋳造炉がアルミインゴットをエンジンの金型に流し込むのを涼しげに見学するとは、普通想像出来ない。
                    

ラインで作業するチームメンバーは、陽気に手を振ってくる。

サターンの工場の見学者は、10両程連結されたゴルフカートのような乗り物に乗って、広大な工場内の見学コースを進む。 案内をする人は広報部の人間だが、もともと工場内で働いていた人が、志願して案内の業務につくことが多い。 その知識のレベルは高く、質問などすると説明は、詳しく細部に及ぶ。 元の仕事場の同僚があちこちにいるから、案内人が手を振ると、職場のワーカーも一瞬手を止めて、笑顔を返してくる。 日本から、サターンの取材ツアーに随行したジャーナリストは、「先頭が手を振るのが合図になって、ワーカーが手を振るように教育してあるようだ」と穿った見方をした者もいたが、そんなものではない。 彼らが、本音で、笑顔で手をふれるはずがないと思ったのだろうが、ここではそれが自然な行為なのだ。 ツアーは、所定の決められた清潔な場所しかみせないといったものではなく、ちょっと見学路をそれても、同じように清潔で整頓された環境の中、同じようにゆったりしたペースで人が働いている。
                      


エンジンブロックやヘッドは、発砲スチロ-ルの型を砂に埋めて、そこにアルミインゴットを流し込むユニークな「ロストフォームキャスティング」で製造される。
サターンの工場のラインの人がなぜこうも屈託もなく、笑顔で手が振れるのか。 それは、彼らがサターンが好きで、自分の会社と仕事に誇りを持っているからだ。 一般にアメリカ人は、オープンでフレンドリーだから、このような個人の所作が自然と出やすい事もあるが、何といっても、彼らが自分が作るクルマの顧客と直接出会う機会を持っていることが一番大きい。 サターンの工場を見学に来る人の半数は地元近郊か州内の人達だが、遠くから自分のクルマの生まれた現場を見ようと、毎年、何万人ものサターンオーナーがスプリングヒルにやってくる。 彼らは、ラインサイドを歩く見学者が、高い確率でサターンのオーナーであるという意識をもっているのである。
牧場、丘陵、水と自然に恵まれたテネシーの南部。渓流の水は、清んでおり、釣り人が糸を垂れる。
筆者も日本の自動車会社の最終組立てラインで働いたことがあるが、それはほとんどアスレティックともいえる作業である。 始業のベルが鳴れば、構わず一分間に一台の割で、クルマはラインを流れてくる。 その間、決められたボルトやナットをインパクトレンチと呼ばれる、空気銃のようなドライバーで締め上げたり、 接着剤の付いたリアウインドウをはめ込んだりするが、常に早足で軽快なステップを踏みながら、ボディーの周りを移動したり、中に踏み込んだりしながら作業する。 もし、ミスを犯したら、それを修復するのに、貴重な数秒が消費され、今度は本気で小走りに動かないと間に合わない。ひとつのミスを取り戻すには、5、6台の作業分かかるということになる。 1日8時間作業して、2万歩近く歩く。歩幅50センチと見積もっても、10キロは歩いている計算になる。 
80年代に世界から賞賛された、日本の「リーン生産(Lean Manufacturing)]は、無駄な動作や動線を極力廃し、10分の1秒でも効率を高める「改善」の努力と、熟練された勤勉なライン作業者に負うところが大きい。 サターンには、そのような究極の効率はないが、そこで働く人が、人間らしく楽しそうにまで見えるのは初めて訪れるものに驚きと感動を与える。
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