シネマ大全 た行・チ

 チルソクの夏   2003年 日本

1977年、下関市。姉妹都市釜山との親善事業として、毎年夏に開催される関釜陸上競技大会に出場した長府高校の陸上部員の郁子は、同じ高跳び競技の韓国人の男の子、安大豪(アンテイホウ)に出逢う。戒厳令下の釜山の夜に宿舎まで会いに来た安に郁子は淡い恋心を抱く。翌年の夏の再会を約束する2人。それはまさに七夕(韓国語でチルソク)の逢瀬。携帯電話もメールもなかった時代、日本と韓国が今ほど親しくなかった時代。それは、日本の歌を歌ってはいけない時代でもあった…。


「横須賀ストーリー」「あんたのバラード」「津軽海峡冬景色」「なごり雪」「カルメン’77」etc.劇中に出て来るヒット曲の数々。今よりもはるかに素朴だった日本人、今も変わらないその国民性の良い部分…この映画は、もう決して戻らない’70年代へのオマージュでもある。

ノスタルジーではなく、昔なくしたピュアな何かが、明らかにここにはある。
映画の中で描かれている’77年頃より、日本と韓国は明らかに良い関係になったし、両国とも豊かにはなった。しかし今、日本の国民そのものが、当時より幸せかどうかは大いに疑問だ。
大切なものの順番が逆転しているのではないか?
大切な何かをある時、何かと一緒に切り捨ててしまったのではないか?
皆、本当はもうとっくに気付いているのではないか?
何とも切なく、様々な思いが交錯して、胸の奥がキュンとなってしまった。

少女4人がイキイキとしていて、自然で感じ良い。もしも映画に、人格というものがあるとしたら、この人(映画)は、背筋がピンと伸びて礼儀正しい、とても好感の持てる人物に違いない。

しかし、とても良い気分のまま、物語を閉じさせるのは意外に難しい事なのだ。
戦争と同じく、恋=物語の終わらせ方もまた難しい。始めるのは簡単だけどね。
ここには書けないが、映画の一番ラストの終わり方が過剰でなく実にセンスが良く、思わず唸ってしまった。

上映が終わってから、佐々部清監督(「陽はまた昇る」「半落ち」)と少し話す機会があった。
“ああ、こういう映画を作る人だなぁ”という印象を受けた。もっと、いっぱい話したかったなぁ。

’77年頃といえば、私が本格的に映画を見はじめた頃だ。
あれから、多くのものを得て、多くのものを失った。 私は… 明らかに汚れた。
もしも、今も堂々と誇れるものがただ一つだけあるとすれば、それは、映画に対する思いだろう。 今さら、青臭い事を言うようで気恥ずかしいが、本当にそう思う。
今日、久しぶりに、心がきれいになれる映画を見せてもらった。
辛い事も少なくない日々だが、せめて初めのちゃんとした気持ちだけは、絶対になくさないでおこう、と強く思った。

(2004.4.16)