シネマ大全 あ行・ア

 アンリ・カルティエ=ブレッソン〜瞬間の記憶   

2003年 スイス/フランス


パリ。
ルーブル美術館にほど近いチュイルリー公園を見下ろすアパルトマンの自宅で、プリントされた自作を見つめるカルティエ=ブレッソン。
時には、バッハの音楽に身を委ねながら、自分の半生や、作品を撮った時の思い出を語って行く。
ジャン・ルノワール作品の助監督を勤めた事、メキシコでの青春時代、マリリン・モンローやトルーマン・カポーティ、レナード・バーンスタイン、ココ・シャネル等、20世紀を代表する人々を撮影したエピソード。そして「マグナム」の結成…。本人の口からなかなか語られる事がなかった“決定的瞬間”が、解き明かされる…。

最近では私も、“写真を観る”というと、パソコンかケイタイの画面が多くなってしまったが、スクリーンで観る写真は、迫力が全く違う。
2004年に、95歳で亡くなったブレッソンは、20世紀という激動の時代の生き証人だった。

“写真は、刺す刃物だ。絵画は、瞑想に近い”
“写真に死はない。生き続ける。突然、ある光景がよみがえるのだ”
亡くなる一年前のブレッソンの名言の数々。
心地良いピアノの音色に身を委ね、何も喋らぬブレッソンの表情の穏やかさ。
こんな90歳代が待っているのなら、歳を取るのも悪くはないかもしれない。

ドキュメンタリーとしては、黒澤明監督作品の撮影現場に取材したフランス映画「AK」に似た、“ヨーロッパ的な曖昧さ”が、「NHKスペシャル」等を見慣れている日本の観客には、やや不親切かもしれない。
だが、ブレッソンという巨人の器は、そんな私の感触より、遥かに大きい気がする。

1952年に発表され、世界中の写真家に大きな影響を与えた彼の写真集「決定的瞬間」のオリジナル版のタイトルは、「逃げ去るイメージ」。
過去とは、今、逃げ去る、この瞬間なのだ。
急げ、若者!

2006.6.20)