サプライズ・ウエディング:前篇

 気象庁の梅雨入り宣言はまだだけど、ここ連日、外は雨。タイクツな授業の憂鬱さに拍車をかけるように、ぐずついた天気は気分をメランコリックなものにしてくれる。
 ああ、つまんない。外で不思議探しもできやしないわ。部室の中で引きこもっていても、ちっとも楽しいことなんて起こらない。
 かといって、今のこの授業だってさ、教師連中が教科書読めばわかるようなことを延々諾々と話し続けているだけで、こっちからな〜んにもリアクションが起こせないのもつまんない。教えてくれるってんなら教科書そのままじゃなくて自分が理解した上で教えろって感じ。
 ああ、早く放課後にならないかしら。このままじゃカビが生えて腐っちゃうわ。うら若き乙女の貴重な青春の一ページを、こんなつまんないことで潰すなんて重罪よ。
 今日は……何しようかしら。外は雨だから出歩くのも面倒だし、また部室で……うーん、部室でも連日同じようなことの繰り返しね。たまには目新しいことでも……そうだ。
「ね、ちょっとキョン」
 目の前でうつらうつらと船をこいでいるキョンの背中を、あたしはシャーペンで突っついた。
 反応がない。
 ……このあたしを無視するなんていい度胸ね。
「キョンってば」
「なんだ? 今は授業中だぞ」
 何が授業中よ。今まで散々、夢と現を行き交ってたくせに。だからあんたは成績も……って、ま、そんなことはどーだっていいわ。
「今日の放課後、あんた何かやりたいことない?」
「ない」
 ……ふぅ〜ん、このあたしに向かってそんな態度を取るのね。いい度胸してるじゃない?
「あんたねぇ……わざわざ下っ端団員の意見を取り入れてやろうって言ってんに、なにその態度!? 三三九度で献杯して喜びに咽び泣くくらいのリアクションがほしいとこだけど、それを勘弁してあげようってのに、あまつさえそんな態度で返すわけ?」
「ぐっ……バ、バカやめろっ。首を絞めるな!」
 何よ、オーバーね。あたしに首絞められたくらいで、そこまで青黒い顔色にならなくたっていいじゃない。
「ったく、何が三三九度だ。そりゃ結婚式の儀礼だろ。なんでおまえに意見を求められたくらいでそんな真似しなけりゃならんのだ」
「バカね。何も結婚式に限ったことじゃないでしょ。特にめでたい出来事が結婚式だからそこでしかやらないけどさ、あんたにとっちゃ、あたしに意見を求められるなんて祝儀に等しいじゃない?」
「勝手に言ってろ。そんなに三三九度したけりゃ、結婚でもなんでもしてこい」
「誰もそんなことしたいなんて……あ、そうね」
 ふふん、閃いた。さすがキョンね、本人に自覚がないとこが問題だけど、相変わらずナイスなインスピレーションを与えてくれるわ。
「おい、何を思いついた?」
 なんか苦い顔してるけど、そう聞かれてあたしが素直に答えると思ってるのかしら? お楽しみは直前までシークレットにしておくから楽しいのよ。
「放課後を楽しみにしてなさい」


 ま、隠すほどのことでもないけれど、あたしが思いついたのはズバリ結婚式。結婚式といっても、そんな本格的なヤツじゃないわ。みくるちゃんに散々いろいろな衣装を着せているけれど、ウエディングドレスってのはまだだったなぁ、って思ったわけ。あの童顔に純白の衣装とくれば、かなりグッと来るものがあるはずよ。
 とは言え、そんな衣装を用意するのはちょっと面倒ね。安物を買って〜……とかしても、手元に届くまで時間がかかる。こういうのは思い立ったが吉日、今日中になんとかしたいとこね。
 となると……そんなものを用意できそうなのは鶴屋さんかしら? みくるちゃんに着せるんだし、雨の中を出歩くのは大変だけど、でもそれだけの価値があると思うのよね……うん、ちょっと相談してみましょう。
 昼休み、早速鶴屋さんのところへ向かうと、幸いなことに一人でいてくれた。みくるちゃんがいないのは、またとないチャンスね。
「やっほー、鶴屋さん」
「やぁっ、ハルにゃんっ! んんっ? 何かオモシロイことでも閃いたかなっ!?」
 さすが鶴屋さん、あたしの顔を一目見るなり勘付いたみたい。それならそれで話は早いわ。
「んふふーっ。実はね……」
 人に聞かれるのももったいないし、あたしは鶴屋さんの耳元に口を近づけた。
「ちょっとウエディングドレスって用意できないかしら?」
「ええっ!? ハルにゃん、ついにキョンくんとゴールインかい? いやあ、学生結婚は今時珍しくないけどさっ、高校生のうちからってのは、ちと大変だねっ」
 ちょっ、ちょっと何言い出すのよ!? なんであたしが、って話になるの? しかもよりによってキョンなんかと……もう、早とちりしすぎねっ!
「ちっ、違うってば! そうじゃなくて、みくるちゃんにウエディングドレスを着せてみたいの。ほら、今までメイドや巫女さん、バニーガールとかだけど、たまには正統派のドレス姿っていうのもグッと来るでしょ?」
「ありゃ、そういうことかい? うーん、そだねっ。みくるにも似合うと思うよっ。でもさ、そういうのって相手がいてこそじゃないかい? それはどーすんのかな?」
「そうねぇ、みくるちゃんに釣り合いそうなのは古泉くんの方かな? うん、そうね。美男美女だし、ブライダル雑誌の表紙だって飾れそうよ」
「ふーん、そこは古泉くんなのかぁ〜。へぇ〜、にゃるほど」
 ちょっ、ちょっと何よその笑顔。考えればすぐわかるじゃない。みくるちゃんとキョンが並んでも、てんでバランス悪くて絵にならないわ。ならないわよね? うん、ならないったらならないのっ!
「うーん、それなら……おっ、そうだねぇ。んっふふふ。おっけーおっけー。そゆことならまっかせといてっ! もう、すっごいの用意しちゃうよっ! 善は急げって感じだねっ。放課後に早速、うちでやっちゃおうぜぃっ」
 さっすが鶴屋さん。こういうノリの良さはさすがって感じね。そうと決まれば後は……そうね、みくるちゃんと古泉くんにあれこれ教えておくのはツマンナイわ。直前までナイショにしておくとして……。それなら、あとは有希に話しておこうかな。
「じゃ、鶴屋さん。放課後にみくるちゃんの確保をよろしく〜」
「おっけさーっ。んふふふふ、まっかせといてよっ!」
 軽い打ち合わせを鶴屋さんと済ませたあと、あたしは早速学食へ向かった。時間的に部室かも、って思ったけど、幸いにして有希はまだ食事中だ。でも、食べながら本を読むのはよしたほうがいいんじゃないかしら?
「有希」
 声をかけると、有希は口に運んでいたスプーンを止めて視線を本からあたしに向け、その姿を確認したかと思うと、再び食事と読書に戻った。
「今日の放課後は鶴屋さんの家でミーティングね」
「そう」
 これでよし、っと。……そうね、一応聞いてみようかしら。
「有希って、ウエディングドレスとか興味ある?」
 あら、珍しい。本からまた視線を外したわ。
「洋装? 和装?」
「洋装」
「それじゃ、鶴屋さんに言ってみるわ。あたしもご飯にするからさ、場所、取っといて」
 そんなこと言わなくても有希ならわかってると思うけど、一言残していつもの定食を頼むことにした。今日は絶好のタイミングね、唐揚げの残りをおまけしてもらっちゃった。
 定食を持って戻ると、すっかり食べ終わって読書中の有希が、ちゃんと席を取っておいてくれた。ま、もうそろそろ閉店間際だしね、席を取っといてもらわなくてもよかったかしら。
「やっぱりさ、有希にも理想の結婚像とかあるの?」
「それなりに」
 ものは試しに聞いてみると、有希は本に視線を落としたまま答えた。これは驚きね。有希が返事したってことじゃなくて、理想の結婚像をもってるってことのほうだけど。
「へぇ、どんな感じで?」
「普通の」
「普通でいいの? そんなのつまんないじゃない。どうせ理想なんだからさ、どどーんと歴史に残るようなのを理想にしとくべきね」
「考えておく」
「ま、今日はその予行演習よ。そうね、有希もドレス着てみるなら相手が必要かしら。んー、みくるちゃんと古泉くんでやるから、有希の相手も古泉くんでいい?」
「彼で」
「キョン? ダメダメ、あいつじゃ釣り合わないもの。そうね、谷口……じゃますますダメね。国木田あたりはどうかしら? って、何?」
 ふと気づけば、有希ったら本の合間から見透かすような視線をあたしに向けていた。何か言いたそうね。
「ユニーク」
「……ちょっと、そう言えば事が済むと思ってない?」
「ない」
 そんなこと言うけれど、有希は本で隠れて見えない口元に笑みを浮かべてるように思えた。そんなことはないと思うけど、なんとなくそんな気がするのよね。
「もうっ! 言いたいことがあるなら言ってよね。あたし、エスパーじゃないんだからさ。言われなきゃわからないわよ」
「わたしもそう。あなたもそう。みんなそう」
 むむむっ。もしかしてあたし、有希にからかわれてるのかしら?
「それじゃいいわよ。みくるちゃんと古泉くん、有希とキョンでやっちゃうから」
「……本当に?」
 もう、何なの? その念の押し方。熱を帯びた黒炭のような目で、見透かしたような視線を送ってこないでよ。
「か、考えておくわ」
「ユニーク」
 まったく、有希にからかわれちゃうなんてね、あたしとしたことがウカツすぎ。何か調子狂っちゃうわ。
 ともかくあとは、キョンに古泉くんを鶴屋さんのところまで連行するように言っておけばおっけーかな。男は男同士、女は女同士で連れ立った方が怪しまれないわね。
 んーと、キョンはこの時間……教室か。
「と、言うわけで放課後にあんたは古泉くんを連れて鶴屋さんの家に行くこと!」
「……何の脈絡もないが、おまえが思いついたことに鶴屋さんを巻き込んだのか」
 キョンのヤツ、何をそんな苦虫をかみつぶしたような顔してるのよ。このあたしに向かって言うべき第一声は「はい、わかりました」だけでいいのっ。
「何か文句ある?」
「つまり、鶴屋さんも乗り気ってわけだな」
「そういうことね。あんたにとっちゃ、一生お目にかかれないような眼福もんの姿を見せてあげるから、このあたしに感謝なさい!」
「姿?」
 あっと、あまり喋っちゃ楽しみが減っちゃうわ。
「変な詮索はしないことっ! いいから、あんたはあたしに言われた通りにしとけば間違いなしなんだってば」
「まぁ……いいけどな」
 これ以上、話し込むと余計なことまで口走っちゃいそうになるわ。キョンに言っとくことなんて、このくらいで十分ね。あいつだって、わざわざあたしが全部言わなくてもわかってるでしょーけど。
 あとは放課後のお楽しみねっ!