涼宮ハルヒの笑顔:エピローグ

 後日談を語るほど、まだ日は経っていない。語るべきことは何もなく、あとは口を閉ざすべきかもしれないが、一言だけ付け加えるのが筋というものか。
 あの存在しない一日が朝比奈さんが言うところの「俺とハルヒが入籍する日」らしいが、だからと言って勢い余って役所に駆け込むほど、俺もハルヒもテンションの高いバカップルってわけじゃない。いやまぁ、ハルヒはそんな気満々っぽかったが。
 そもそも俺は東京で大学に通い、ハルヒは地元の大学で考古学の勉強に精を出している。距離は相変わらず離れているが、それも大学を卒業するまでの話だから、ということで引き留めた。卒業したら……さて、どうなるのかね? 朝比奈さんの真似をして「禁則事項」とでも言っておこうか。
 そんな朝比奈さんは、この間の一件のせいもあってか、もっと立場が上の人間になろうと努力しているようだ。あなたなら成りたい人になれますよ。ああ、そうそう。ハルヒの子供云々の話だが、朝比奈さん曰く、ハルヒがもし俺と結婚しなかったら、生涯独身で貫き通していたらしい。選ばれた俺は……そこまで惚れ込まれて幸せものだとコメントするしかないね。
 厄介なのは古泉だ。事の顛末を知ったあいつは、肩をすくめて「まだ僕の副業は続きそうですね」などとほざいた。何がどう続くのか問いつめたところ「ベビーシッターの請求はあなた宛に出させていただきます」ときたもんだ。おまえに子守を頼むほど、俺は仕事バカにはなりたくないし、育児放棄をしたいとも思わないね。ま、その笑みが作り物っぽくなかったから許してやるが。
 事が終わって一番苦労しているのは長門かもしれない。なにしろあいつはハルヒと同じ大学だ。この前、電話で報告したときなんぞ「知ってる」とすでに把握済みの上に「涼宮ハルヒに聞いた」と続け、最後に──これは俺の気のせいかも知れないが──ため息を吐いたような気がした。
 それが俺の気のせいならいいが……ハルヒ、おまえは俺がいないところで長門に何を吹き込んだんだ。一万五千四百九十八回くらい同じ夏を繰り返してようやく、つまらなさそうにする長門に、ごく普通の日常会話で呆れを感じさせる話をしつこいくらい繰り返したのか?
 ……考えるのはやめておこう。むしろこれから考えるのは、東京に遊びにくるハルヒを迎えに行ったその後だ。今回ばかりは遅刻するわけにもいかない。
 携帯を手に取り、メールを確認すると「到着10分前には待ってること。遅れたら罰金だからね!」と着信があった。
 わかってるよ。散々待たせたんだからな、今回ばかりは遅れるわけにはいかない。
 遅れるといえば、何故ハルヒが五月のゴールデンウィーク明けまで待っていてくれたのか後になって分かった。
 過去において俺が、というかジョン・スミス名義で投げ込んだ手紙は、高校卒業の三月のこと。それから三年と二ヶ月も過ぎていたのに、あいつは存在しない一日を作ってまで俺を待っていた。何故その日だったのかには、ちゃんと理由があるんだが……それが意味不明な曜日設定だ。
 ジョン・スミスと会った七夕でも、高校を卒業して俺と決別しようとした日でもなく、あいつが選んだその日は──俺と普通に会話を始めた日だったらしい。
 そんなの覚えてるわけないだろ。なんてことを思ったが、口に出していない。なんとなく地雷原に飛び込むようなもんだと思ったからだ。
 さて、そろそろハルヒがやってくる。驚いたことに、あいつのほうから宇宙人や未来人、超能力者について俺を問い質したりしてこないんだが……話をしてやるべきかな? それとも、あいつがこれからも持ち込んでくるであろう、日々の厄介事を懸念するにとどめておくべきか……。
 深く考えなくていいか。
 それが、俺が散々苦労して取り戻したごく当たり前の日常や──ハルヒの笑顔につながるならね。