ミッション・インクルーシブ
神奈川県立高等学校教諭
2020年3月まで1年間特別支援学校に勤めたあと、インクルーシブ教育実践推進校に転勤した。ここでは、私の1年半ほど勤務した高校での経験を書きたいと思う。
1.インクルーシブ教育実践推進校とは
インクルーシブ教育実践推進校とは、医療的ケアを必要としない軽度の知的障害のある生徒を、中学校校長の推薦に基づいて募集する制度で、昨年度インクルーシブ教育実践推進のパイロット校3校に加え、新たに11校設定された。
(1)現任校の様子
現在は全体的に落ち着いた雰囲気で、女子が圧倒的多数を占めるが、連携生(※)は男子が多い。1、2学年は6クラス8展開(各クラス36人)である。
1、2学年とも連携生は、21名の定員に対して定員割れしている(2年生は12名)。また各クラスには担任・副担任のほかに、支援担任がいる。
※連携生とは、インクルーシブ教育の特別募集による生徒。本校では「中高連携事業」の意味から、「連携生」と呼んでいる。
(2)支援担任の主な役割
〇ホームルームと総合的な探究の時間における連携生の支援
〇個別教育計画・評価の作成
〇四者面談(担任、支援担任、本人、保護者)の設定
〇支援担任会議に参加することと、連携生の情報共有
2.学校の中の連携生
本校では、連携生がどの生徒か、ということを周囲に公開はしていないが、週2時間あるキャリアの授業(連携生のみが履修する授業で、進路や就労に関する内容を行う)の関係で、学校説明会での質問に対しては「周囲には分かってしまいますよ」と説明している。
しかしながら、連携生は周囲に溶け込んでいて、特に目立つ様子はなく(勉強が得意でないケースもあるが、それは本校の生徒全員に対して言えること)、周囲の生徒とも概ね『普通』の関係が築けているように見える。
友人と多く関わろうとする連携生も、個人の時間を中心に過ごす連携生もいるが、それは他の生徒も同じことが言え、特段、本人・保護者から人間関係の悩みを打ち明けられたこともない。
3.私の目から見た本校の課題
ここから下は、私の目から見た本校のインクルーシブ教育の課題を列挙したい。
(1)授業
〇個別支援(取り出し)の授業ができない
共通テストや公平な成績評価をつける観点から、教科書の内容を1〜10まで全て指導することが求められるが、算数の計算でつまずいている生徒に、いくら化学のmol(モル)計算の授業を行っても、ただただ苦痛であることは言うまでもない。
本人の実力に合わせたカリキュラムを組むことができれば、例えば1〜10のうち、1だけを繰り返し解いて自信をつけることができる。
しかしながら、取り出しができなければそれは不可能である。本人にとっては、何も理解できないことをただただ聞き続けること自体が拷問であり、本人の能力を伸ばすことと逆行する。取り出しの授業を許可しないのは、現場から加配の要求が上がらなくするためであるに違いない、と一教員として県の薄汚い本音を感じざるを得ない。
○ティームティーチング(TT)の授業でも付きっきりの指導は不可能
本校では、一部の科目で連携生のためのTTを取り入れているが、周囲の生徒の目もある手前、連携生に付きっきりの指導には限界がある。また、授業は一斉に行われるため、連携生に個別の課題を設定するのは、事実上不可能であり、最終的には教師側としては、「黙ってノートを取っていれば、それでいい」ということに安住してしまう。
さらに、連携生が教室の中で支援しやすい位置にいるとも限らず、サブティーチャーが移動して支援を試みると、「自分だけ特別扱いされたくない」という気持ちが強い傾向の生徒が、支援を受け入れないケースも散見される。結局のところ、説明のときはメインティーチャーが一方的に話し、板書するだけになってしまい、事実上サブティーチャーが支援できるのは、化学に関して言えば、問題演習の時間に限られることが多い。
私自身、多くのTTのサブをしているが、自分の判断で動ける余地が非常に少なく、ただただ政治の前に自分は無力だ、ということを見せつけられているだけな気がして、怒りを飛び越して無力感がつのる。正直、こんな学校辞めてしまいたい。
(2)成績評価
成績は、通常の数値による評価(本校は1〜5の5段階。1は未修得扱い。)と個別教育計画における「個人内評価」(※)を併用することが建前になっているが、実態としての運用は、本校では以下のようになっている。
(※)「個人内評価」とは、個人の成績を他の生徒の出来や、学習の到達目標など生徒の外にある尺度によって図るのではなく、生徒本人の内でのみ考えるという評価の手法。その生徒が前に比べて、どれだけ進歩したかをもとに評価する。
成績不振が発生した場合
一般の生徒 |
定期試験終了後、課題や事後指導等を設定する |
指導にのった場合 |
5段階で2を与える |
再三の指導にのらなかった場合 |
未修得。留年または進路変更 |
連携生 |
「個人内評価」を用いて、評価を行った |
5段階で2を与える |
生徒どうしが素点や成績を見せ合って問題になることを回避するため、本校の指導の中では連携生に、「成績は人に見せるものじゃないんだよ」と指導している。そのためか、現在のところ、生徒どうしで表だって問題にはなっていない。
4.2021年神高教(神奈川高教組)定期大会にて
2020年9月、県から目を疑うような通知が届いた。
〇 調査書の記載(方向性)
<進学用>
・ 進学用調査書については、作成する年の大学入学者選抜実施要項に則って記載する。
・ 生徒指導要録に記載した、「個人内評価」に関する記載は、調査書の「7.指導上参考となる諸事項」欄のうち各学年「(6)その他」の欄に記載する。 |
要するに、「入学してからはみんなと同じ高校生ですよ」と言いながら、出口のところで連携生であることが分かる(「個人内評価」を用いるのは連携生だけ)記述なのだ。
進学先において、支援を受けたいかどうかは本人と保護者の希望があることが前提であり、希望もないのに強制的に連携生であることを暴露することはアウティング(※)にも類した、明らかな差別である。
この事実に対して、「障害のある人もない人も、ともに生きるかながわ」を信じ切っている神高教本部執行部は反対するどころか、修正案の取り下げ要請をしてきた。以下が、2021年定期大会の答弁の様子である。
(※)アウティングとは、LBGTなどに対して、本人の同意を得ずに、性的指向や性的同一性等の秘密を暴露すること。
2021年度 神高教定期大会における修正案をめぐるやり取り
【修正案】
特別募集で入学した生徒とその保護者の上級学校への進学時点の同意なしに、特別募集による入学を進路先に知らせない。
【本部答弁】
インクルーシブ教育パイロット校の設置の段階から、成績は「個人内評価」をベースに残す、ということは決定されており、学校説明会の段階から希望する中学生と保護者には県のインクルーシブ教育推進課が周知している。
成績は個人情報であるので、本人と保護者の同意なしにみだりに第三者に通知することはない。
【答弁漏れ 会場からの発言】
説明会ではこれほどまでに「みんなといっしょ」を強調するのに、進学する段階になって、事実上上級学校に通知をしなければいけない状況に追い込まれること自体が差別である。
本部が修正案の取り下げを要請→取り下げず採決 賛成 44票 反対 76票 |
5.ミッション
こんなあからさまな差別的待遇を許してしまう姿勢は、正直残念ではあったが、少なからずこの修正案に賛同してくれる方がいらっしゃることに感謝している。
神高教は、組合員数が減少しているとはいえ、高校では日本最大規模の教職員組合である。組合が動けば県も動く。現場の悲痛な声を組合本部執行部にぶつけていくことが、私に与えられたミッションであると思い、今日も教壇に立ち続けている。 |