2018年7月16日


隣人に愛を
~ある定時制高校のホームルームの1年間をふり返って~



 私が定時制高校に入って最も驚いたことは、生徒がお互いの名前と教員の名前を覚えていないことだった。隣にいても話さず、互いにスマホの画面を眺めている状態は決して健全な状態ではなく、「なんとか互いに関心を持ってもらいたい」とかねてから考えていた。

 以前の紙面(「ニュース」136号)にて、私が担当する定時制高校のホームルームにおける実践の一部を紹介した。今回はそれに続いて行ったことと、生徒たちの変化に焦点をあてていきたいと思う。

【1】年度当初から行った取り組み
(1)他己紹介
 互いの自己紹介に関心を持ってもらうため、生徒を2列に座らせ、向かい合った人の他己紹介を行った。

(2)「生まれてきてくれてありがとう」〜お誕生日プロジェクト〜
 1人1人の生徒の誕生日の前になったら、それ以外の生徒にメッセージを書いてもらい、それを台紙に貼り付け、誕生日に本人にわたす、「お誕生日プロジェクト」を始動した。

 本校定時制のショートホームルーム(SHR)は登校してからの5分しかなく、3学年はほとんどの時間が選択授業であるため、クラスに帰属感がないことが多いが、「登校すると何か良いことがある」、「温かく迎えてくれる仲間がいる」という気持ちになってもらえるように努めた。

【2】クラスに愛を育んでくれた生徒との出会い
 (1)「先生、球技大会の差し入れあるよね?」
 A君は人間関係が円滑な方ではなかった。一昨年度の担任からは「クラスでの居場所がなく、部活が命だ」と言われていた。人の役に立ちたい、一所懸命なA君は自ら部活の連絡係を買って出た。しかしながら、顧問からの指示を守らない生徒に腹を立て、口論となり、部活に行くのが億劫になっていた。そんなA君は球技大会の直前、私にこう言った。

 「先生、前の担任の先生は球技大会のとき、『差入れだ』と言ってジュースをみんなに買ってきてくれたけど、先生も買って来てくれるよね?」唐突な質問に驚きながらも、クラスを盛り上げるよいアイデアだと思った私は、「いいね!ただ、全部僕が買うとたぶん運びきれないから、分けて運ぼうか。」
「先生、お菓子安いとこ知ってるよ。」
「じゃあ、お菓子は任せた!!」

 生徒とともに、初優勝を祝う。
お菓子には人をまとめる力があるようだ。
※生徒のプライバシーに配慮し、一部加工している箇所があります

 仲間への気遣いを忘れない。チームワークこそ勝利への唯一の道だ


 球技大会決勝戦の当日、A君は約束通り、みんなのお菓子を持って登校してきた。朝のSHR(といっても17:45だが)で私はクラスの生徒にこう言った。「今日はA君の発案で、お菓子とジュースの差し入れを用意しました。買っても負けても、最後は甘い気持ちで終わりにしましょう。」

「イエーイ!!!!」

 高校生とは思えない、異常な盛り上がりだった。その後、私のクラスは5つの試合全てに勝利し、見事優勝を勝ち取った。それまで私のクラスは最下位をとることがジンクスとなっていたので、私も生徒たちと無邪気に歓声を上げてしまった。

(2)喋りつづける、B君
 本校定時制の球技大会ではクラス対抗でバレーボールを行う。放課後毎日練習をしているバレーボール部の部員がいるクラスが有利になり、予選を勝ち抜く。しかし、ここには大きな落とし穴がある。バレー部員のみがレシーブやトス、スパイクを行い、その他のメンバーがあまり動かないことだ。そこが守備の弱点となり、決勝が近づくと相手にスパイクを撃ち込まれてしまう。決勝に進出し、賞状を手にするためには、クラスのチームワークが不可欠となる。


 私のクラスのBは、昼間は現場作業員として一生懸命に仕事をし、放課後は部活に励むパワフルな生徒だ。しかしながら、どの授業中も黙ることなく、喋り続ける(さすがに修学旅行の4日間ほとんど寝ることなく騒ぎ続けた体力には驚かされたが…)。

    
 沖縄・美ら海水族館の噴水を前に、無邪気にはしゃぐB君たち。職場など、普段の生活で大人であることを求められる生徒にとって、学校とは子どもらしさが許される最後の場所なのかも知れない



 

どの授業の担当者からも「B、ホントにうるさい」と苦情の嵐だった。そんなBの球技大会の試合を見て驚いた。
「Z(女子生徒)、トス!!」「ドンマイ、ドンマイ!」「ナイスプレイ!!」「イェーイ!!」

 チームの状況を的確に判断し、指示を出し、失敗してもなぐさめ、良いところを褒める姿に、クラスメイトたち1人1人が積極的に動いていた。「人は多面体」を実感した1コマだった。





 球技大会にて、スパイクを決めるB君

卒業文集より 「球技大会の思い出」 Zさん

 3年の球技大会で優勝できて初めてクラスでの思い出ができました。練習の時はへまばかりでなるべくパスしないで、と伝えていたのに本番でBに「ざきー!」と何回もボールを振られたのは良い思い出です。叫ばれたら取らざるを得ません。決勝で隣の強豪クラスに勝てたのは奇跡だと思います。




【3】A君発案の取り組み~写真の掲示~
 A君の発案で修学旅行と球技大会の写真を教室の掲示板に張り出すことになった。写真の選定・貼り付け作業は、忙しさのあまり前述A君に丸投げしてし まったが、気づけばA君の周囲には、協力してくれる仲間がたくさん集まっていた。
「人の役に立つ」ということは全部自分でやるのではなく、周囲にともに活動する仲間をつくることなんだ、ということを改めて生徒から学ばされた場面だった。


 放課後、写真の貼り付けを手伝う有志たち

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