2018年4月30日


  「教育機会確保法」施行を受けて神奈川の県央地区に 公立夜間中学を

“あつぎえんぴつの会”にその熱い思いを見る


 2016年12月7日、「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(教育機会確保法)」が成立、同月14日公布、翌年2月14日施行された。憲法第26条「教育を受ける権利」を活かす運動の、一つの「結実」である。

 この背景には、憲法施行、教育基本法公布から70年経ても、義務教育年限9年間の制度から漏れた人々―「未終了者」「形式卒業者」が、推計で12万人以上もいる現実がある。

 戦争、貧困、家庭事情などで機会を逸したまま中高齢者になった「学齢)超過者」。不登校などでの未修了者、近年ぐんと増えてきた義務教育を終えないまま来日した若者たち―。社会人として人並みに生きてゆきたい、「形式卒業」ではなく学力を、定住できる基礎学力を……。こうした熱い思いを受け止め、ささやかに営まれてきたのが全国31校の公立中学校にある「中学校夜間学級」(通称「夜間中学」)である。

 現在この「公立夜間中学」の拡大を求め、各地で私的に自主夜間中学が運営されている。
 その一つが13年11月に開設、「県央地区にも夜間中学を」と活動する“あつぎえんぴつの会”である。新法の実りを期待してこの会をルポし、取材者の私見を添えたい。

大空襲で教育を受ける機会を失った年配の婦人の声から生まれる

 小田急線「本厚木」の東口から10分足らず,シャッター通り中町商店街の一間口に、飾り気なくマジックで“あつぎえんぴつの会”と書いた一枚の紙が貼ってある。近隣から通う人のものか、たいてい一台自転車がある。サッシのガラスドアを引くと、普通教室の1.5倍ほどの、厚木市から無償貸与されている元事務所の空間が展がる。

 県央地区に産声を上げたこの会が、ようやく落ち着くことのできた「教室」である。

 この開設のきっかけとなったのは、厚木市に住む80代の渡部フサ子さんの「学ぶ機会がほしい」という渇望の声であった。終戦の45年8月1日。彼女は富山市の大空襲で被災、教育を受ける機会を失った無念と辛さを引きずってきた半生を抱える。実は彼女、被災から60数年経った年に一念発起、東京世田谷の「公立夜間学級」を見学に訪ねている。

 しかし、通うには遠距離なのと終バスがなくなることから、またも渇望の念は断ち切られる―。と思いきや、訪ねた中学の先生や現在もスタッフの一人である“つるみえんぴつの会”の三階泰子先生などがこの「渇望」を受けとめ、今日につながる「会」の灯が点る。

 厚木市に在住の現代表‐岩井富喜子さんも参加してきて、スタッフ態勢が整ってくる。翌年横浜から美景悠華(筆名)さんが入学する。これで生徒は二人。

30人近い生徒がマンツーマンで「読み・書き・ソロバン」を学ぶ

 それから4年余り。現在、学ぶのは毎週木曜日の12:30~15:00。参加者は毎回9人~14人。多いときは20人にもなる。年齢は40代~80代。10代、20代は外国籍の若者たち。ここから地域の県立高校に巣立った女生徒もいる。

 生徒をマンツーマン指導で支えるスタッフは28名。遠くは八王子、世田谷、横浜、茅ケ崎などからの人も。コツコツと説き、生徒は静かに頷き、集中力を高めて学ぶ。

 受けたい教科はやはり、多くが社会生活に欠かすことのできない「読み書きソロバン」、つまり国語、算数そして英語。数名が「憲法」も希望しているのは、ちょっと目を引く。
 授業料は無料なのに、中休みの時にはどこからともなく次々とお菓子が配られてくる。表に出ない人々の寄付やカンパが、こうした態勢を自然なものにしているようだ。


充実した2回のイベントが「夜間中学」を広く知らせる

 これまで、一人でも多くの人が学ぶ機会に巡り合うようにと企画された2回のイベントも、この会の運営と拡大、定着に寄与してきた取り組みの一つと思われる。

 第一回は15年10月4日「夜間中学ってなんだろう」と題し、第二回は17年11月19日「夜間中学って知っていますか」と題して開催された。内容は前者が山田洋次監督の映画『学校』に、この分野の先駆者のひとり見城慶和氏のトークと生徒インタビュー。後者は夜間中学を取材した森 康行監督の映画『こんばんは』に、今はスタッフの一人の前川喜平氏(前文科事務次官)の「“夜間中学”から教育を語る」と題した二回の講演。教育の根底に憲法第13条「個人の尊厳」を置くべきという趣旨は、培われた見識と福島でのボランティア活動に裏打ちされ、延べ200人を超える聴衆に「公立夜間中学」新設の課題を浸透させたようだ。会場提供者“アミュ あつぎ映画”の、地味で素敵な好意も記しておこう。


神奈川県でもアンケート、「潜在的な必要性を確認できた」と表明

 さて「教育機会確保法」成立前後の状況から、「公立夜間中学」新設の動きを見てみよう。
19年4月新設開校を予定しているのは松戸市と川口市、これを検討しているのは80自治体(都道府県6、市区町村74)と聞く。まだ設置のない自治体にこそ開校して欲しいものだ。

 本県の教育委員会は昨年末から一か月間に「夜間中学に関するアンケート調査」を、既設校各1校ある横浜市、川崎市を除いて実施、160枚を回収した。この2月9日にその結果を「概要」として発表したが、それによると、夜間中学で学びたい人は相模原市で34%、厚木市13%、座間市、愛川町が各6%で、県教育委員会は「予想していた潜在的な必要性を確認できた」と表明。県教委と任意で集まる17市町の教委による夜間中学の設置協議会を新年度に三回開催、新設する地域や通学範囲を具体的に検討する方向という。

初夢の「神奈川県で10校開設」を正夢に

 ふと、“一粒の麦種 地に落ちてもし死なずば、いかに多くの麦生出でん”という一節を思い起こす。この「起点」を大切)に、豊)かに「公立夜間中学」を生い育てたいものである。

 教育は人権の核)であり、それを確)かなものにする。この権利が欠落)した人生はあり得ない。この点で「公立夜間中学」は、教育行政の「本気度」の指標となっていくだろう。

 たゆまず「公立夜間中学」開設を求め運動を展開している、“神奈川・夜間中学を考える会”の会報「夜間中学かながわ便り」(2018年1月6日第50号)の引用記事を転載して、取材を終えたい

 関係者の努力により、神奈川、県内の夜間中学校が10校になりました。横浜校4校、川崎、横須賀、茅ケ崎、小田原、相模原、厚木各1校、計10校です。
 夜間中学は、人口約1300万人の東京に8校、約880万人の大阪に11校あります。約910万人の神奈川県に10校はごく当然の校数です。 ・・・・こんな初夢を見ました。

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