2017年11月27日
障がいをかかえた生徒を他の生徒と同じ教室に同席させているだけで
「合理的配慮」を行わないことは差別になる
9月13日県議会本会議で県教育委員会の桐谷教育長は、インクルーシブ教育を今年度導入した3校につづき、2020年度から始まる県立高校改革第2期実施計画で、新たに10数校指定することを決定したと明らかにしました。今回の決定は、現場のニーズを踏まえて早期に対応することが必要であると判断したと報じられています。
しかし、この4月にスタートしたインクルーシブ教育実践推進校(パイロット校)において、教職員から「共存した授業で教えるのが難しい」、「高校生として接するやり方がわからない」などの声や疑問が生じています。まだ開始から半年も経っておらず、この間の教育実践の検証がまったく行われていないもとで、3年後に十数校導入するということは、拙速極まりないと言えます。
また現場には、インクルーシブ教育は障害のある生徒と障害のない生徒が共に学ぶ仕組みなのだから両者を分けてはならないという声があると聞きます。
以上のことから危惧されるのは、今後「合理的配慮」を行わないインクルーシブ教育が推進されるのではないかということです。以下、インクルーシブ教育にとって「合理的配慮」がいかに重要かということを明らかにしたいと思います。
「同一時間・同一空間・同一教材」の立場は、「合理的配慮」を否定することにつながる
インクルーシブ教育実践推進校では、アルファベットも不確かな生徒とそれ以外の生徒を同じ教室でどう指導したらよいのか、ついていけない状態でも全体の授業は進めざるを得ない、などの声が聞かれます。また、T-Tの授業にしているが目立ちたくないなど生徒の希望により張りつかずに巡回しながら指導することもある、数学や英語、国語で個別授業(取り出し授業)を行っている、ルビや選択肢の問題など手だてをこうじながら同一テストを行っているとのことです。
インクルーシブ教育については、「同一時間・同一空間・同一教材」(同じ時間に同じ教室で同じ教材を使って同じ授業内容を、必ず障がいのある生徒も障がいのない生徒も受ける。これを一部でも分けて個別授業を行うことは差別であり、インクルーシブ教育ではない)という考えや立場があります。
しかし、これは「障害者権利条約」で示された「合理的配慮」を否定することにつながります。「障害者権利条約」は、第24条で次のように教育を規定しています。
第24条 教育
1 締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する。当該教育制度及び生涯学習は、次のことを目的とする。
(a) 人間の潜在能力並びに尊厳及び自己の価値についての意識を十分に発達させ、並びに人権、基本的自由及び人間の多様性の尊重を強化すること。(以下略)
2 締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
(a) 障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。 (b) (略)
(c) 個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。 (以下略)
「障害者権利条約」では、教育の目的を人権、基本的自由及び人間の多様性の尊重を強化すること、精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること、自由な社会への効果的参加を可能とすることとされています。
それを踏まえ、障害者の権利実現にあたり、障害者が初等教育から又は中等教育から排除されないこと、他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育及び中等教育を享受することができること、個人に必要とされる「合理的配慮」が提供されることなどが確保されることと規定されています。
この教育の目的と確保すべきことを抜きにして、障害のある生徒と障害のない生徒が「同じ場で共に学ぶこと」だけが強調され、「同一時間・同一空間・同一教材」として矮小化されると、障害をもった生徒一人ひとりに必要とされる「合理的配慮」の否定につながり、「障害者権利条約」でいう教育から逸脱し、インクルーシブ教育とは言えません。
「合理的配慮」とは、何か
「合理的配慮」について、「障害者権利条約」は第2条で次のように規定しています。
第2条 定義
「・・・・・『障害に基づく差別』とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む)を含む。
「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。・・・・・・・」インクルーシブ教育を推進していくうえで、「合理的配慮」についての正しい理解が必要です。「合理的配慮」と教育的配慮やサポート、そして「特別な措置(配慮)」との違いが重要です。
「教育的配慮」とは、生徒(障がい者や特別なニーズ児を含む)一人ひとりに対する目配り・気配りであり、一人ひとりの状況に応じて行う指導・支援(サポート)です。
「特別な措置(配慮)」は、生徒(障がい者や特別なニーズ児を含む)が対等・平等に教育活動に参加できるように生徒一人ひとりに対してとる措置(配慮)であり、学校ルールや慣習の変更・調整を伴うこともあります。「特別な措置(配慮)」は、費用がかかったり人手がなかったりという理由で提供されないことが起こります。そうしたことが起きないように、また起きたとき、障がい者本人や保護者が学校に「特別な措置(配慮)」を請求することができます。
そのとき、「特別な措置(配慮)」は、法制度による「合理的配慮」となります。「合理的配慮」は、本人・保護者による「意志の表明」(教師や学校が設置する窓口で受けつけてもらえる)により教師・学校がとる障がい者に対する「特別な措置(配慮)」であり、保護・支援として提供されるのではなく、障がい者本人・保護者の権利として付与されています。
「合理的配慮」ができるように、インクルーシブ教育実践推進校の教育条件の抜本的改善を
「合理的配慮」は、「障害者権利条約」第24条で「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること」と規定されているように、障がい者一人ひとりに対して「理にかなった対応(措置)」をとらなければならないということです。したがって、障がいをかかえた生徒を障がいをもたない生徒と同じ教室に同席させているだけで、まったく理解できないまま授業を進めていくことは、生徒(障がい者や特別なニーズ児を含む)が対等・平等に教育活動に参加できるようになっていないということです。
科目によって、障がいをかかえた生徒の到達度に応じた「個別指導」を行うことが「特別な措置(配慮)」であり、「合理的配慮」になります。
先に引用した「障害者権利条約」は第2条で、「障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む)を含む」と記されています。したがって、障がいをかかえた生徒を他の生徒と同じ教室に同席させているだけで、「合理的配慮」を行わないことは差別になります。インクルーシブ教育実践校を増やすことの前に、「合理的配慮」が可能となるように現在あるインクルーシブ教育実践推進校(パイロット校)の教育条件を抜本的に改善することが急務であるといえます。