2016年10月23日
随想 1
「酷暑」は、庶民にはあまりにも辛い
中陣 唯夫(元県立定時制高校教員・「考える会」前代表)
昨年の夏も酷暑だった。何をするにももの憂い日々であったが、一つの小さな記事からこんな下でも社会の機能は淡々と営まれているものだなぁと感じることがあった。
その記事は原稿用紙一枚ぐらいの字数で、見出しは「自殺ほう助68歳有罪/千葉地裁、執行猶予判決」とあった。一読して、ちょうど100年前に森鷗外が発表した「高瀬舟」に内容がよく似ているのに驚いた。鷗外の種本は、さらに220年ほど前の江戸のものである。千葉地裁のこの事案は、「供述調書」を総合するとおおよそこんな内容である。
昨年の5月5日、弟夫婦と同居していた障害のある兄(68)が、その弟(65)に自殺するから手伝ってほしいと懇請され、兄は諍いはいやだと思いながらも弟に応じなかった。しかし弟はますます一途になるので、少し包丁の先でつつけば痛がって翻意するだろうと思い包丁を弟の胸に近づけたところ、弟は包丁を持つ兄の両手首をしっかとつかみ、そのまま身体全体を兄に預けるようにして倒れ、多量の失血でついに思いを遂げたというものである。
そこで、生後間もなく高熱による脳性麻痺を患い、弟にリハビリなど親身に身の回りをサポートしてもらってきた兄が、弟の自殺をほう助した理由で被告人となった事案であった。
兄は掃除や運動会を免除されながら中学を卒業。鉄工所で働くが残業が多く腰を痛めクビになる。次に障害者の知人が世話した自動車部品の会社で裁断機の事故により右人差し指を切断。福祉作業所に移り古着の販売、チラシ折りの内職を続けたりする。独身。週二回の接骨院でのリハビリ。土日祭日は義妹が食事を準備し、平日は弁当屋で買うおかずと義妹の炊くご飯で食事していたという。お酒は夕食前の350mlの缶ビール一本。趣味は演歌と映画音楽。映画は好きで『男はつらいよ』のDVD全巻所有。友人は福祉作業所の三人。
裁判では供述した義妹もその子どもたちも伯父さんの有罪を望まなかったと調書にある。
この判決があった八月のその下旬、文科省の諮問に対して中教審・教育課程企画特別部会が聞き慣れない「論点整理」なるものを発表したとの記事をたまたま目にした。
夏負けした気分でも、「論点」の中で、“世界は加速度的に変化するので将来は予測困難”としたうえで、“だから「育成すべき資質・能力」を育てるのだ”という行(くだり)に神経が走った。「育成するに足らない資質・能力」という概念が、文科省や教育委員会、検討協議会などで準備されるのだろうかと、誰にとなく問いただしたくなったからである。
この時、古稀を過ぎた身ではじめて石川啄木の、次の歌の心が分かったような気がした。
砂山の裾によこたはる流木に
あたり見まはし
物言ひてみる
命なき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ
『一握の砂』(1910年刊)