2010年9月24日

 

県教育委員会と公私立設置者会議とは、
相互どんな位置づけとなるのか
 

かながわ定時制教育を考える会 代表   中陣 唯夫


 神奈川県では2006年度まで、公立高校の進学は県教育委員会が計画進学率を設定して、中学新卒者を主とした高校進学の機会を保障する体制をとってきた。しかし、2005年に松沢県知事の提唱により新設された「県公私立設置者会議(公開)」は、2006年9月の同会議で、2007年度高校入試は公立全日制募集定員を中卒予定者の60.6%と決定。さらに、2009年度より募集定員を公立全日制60.0%、私立全日制・その他を40.0%と割振りすることまで決定した(実施は2010年度より)。

 つまり、県教育委員会がこれまで「公私協議会(非公開)」で私学の要望も反映しながら本務としてきた「計画進学率」の設定、その本務そのものが「廃棄」されたのである。
 整理すれば、県の高校入試募集定員の策定は県教育委員会の専権事項から、「県公私立設置者会議」に権限が移行、県教育委員会はその単なる追認機関となったことを意味する。

 こうした県教育行政の「変化」の下、全日制実績進学率は全国最下位に急落している。そこで、この問題を解明するうえで県教育委員会と公私立設置者会議との「位置関係」を確認しておく必要があると考えたので、ここに報告しておく。


 教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法(以下、地方教育行政法)で、すべての都道府県と市町村に置かれている。教育委員会は広義には、総務課、学校教育課など事務局を含めた全体をさし、教育庁とも呼ばれる。狭義には、首長が議会の同意を得て任命した教育長を含む定数6人(県)で構成された合議制の教育行政委員会のことをいう。任期は4年で、委員長は議長役、教育長は事務局のトップを兼任する性格で運営されるが、資格要件の一つに「人格高潔、教育・学術・文化に関して識見を有する者」(同法第4条)とあり、その職権の行使には一定の独立性が保障されている。こうした要点は、地方教育行政法の旧法(1955年廃止)が公選制であったことの反映で、任命制であっても公共性の尊重を基底とした法律であったことを表している。

 地方教育行政法に定められている教育委員会の職務権限は19にものぼるが(同法第23条)、「高校入試募集定員の策定」はその第4項にある「学齢生徒及び学齢児童の就学並びに生徒、児童及び幼児の入学、転学及び退学に関すること」に拠るとと思われる。いずれにせよ、教育委員会は言うまでもなく、その淵源を憲法第26条「教育を受ける権利」、教育基本法代10条「教育行政」にもつ地方教育行政法に基づく地方公共団体の基本的な教育に関する一機関である。

 「県公私立設置者会議」の設置は、2004年10月「公私協議会」で県教委が示した03、04年度入試の私学枠の16,700人を600人削減、その一方で公立枠を1,319人増という案を提示したことから、県私学協会が「私学経営を圧迫する」と県教委を相手取って横浜地裁に提訴したことに端を発する。

 このあと、松沢県知事が「鎮静化」を図り、記者会見で「公私協議のあり方を新しい場を設置して話し合っていきたい」と言明して翌年5月に「定員枠の策定や共通して抱える教育問題全般について協議する」性格を持たせて発足させたのが、この新しい「県公私立設置者会議」である。この誕生の由来からして、この会議は県知事が自治体の首長の権限を規定した地方教育行政法第24条「次の各項に掲げる教育に関する事務を管理し、及び執行する」の第2項「私立学校に関すること」を拡大援用して発足させたものと思われる(県は、文科省の「通達」による設置という)。

 県教育委員会はこれまで職務権限の一つである「高校入試募集定員の策定」に際し、おそらく先に挙げた地方教育行政法第23条4項、第24条「長の職務権限」第2項、並びに私立学校法第2章第5条「所轄庁の権限」第1項「私立学校の収容定員の認可を行う(摘記)」との関係から、所轄の立場と私学の意向を勘案する二つの立場をふまえて、「公私協議会」で「計画進学率の策定」を調整的に行ってきたと推察される。
 
 ところが先に述べたように、2004年の「訴訟騒ぎ」で設定された「新県公私立設置者会議」に、松沢県知事は教育委員会の「定員枠の策定や共通して抱える教育問題全般について協議する」という権限的性格をこの「会議」に付与したのである。

 ここに疑義がのこる。つまり、教育委員会は知事が議会の同意を得て6名の教育委員を任命し、その委員の互選で委員長を決めるという行政機関である。この法制上規定されている地方教育「行政機関」である教育委員会の上に、単なる「協議機関」であるはずの「公私協議会」や「県公私立設置者会議」を位置づけるのは、知事の越権的判断ではなかろうか。地方教育行政法の基本的性格である「政治的中立性」と「文化的独立性(教育の文化的地方自治)」を侵害している虞れがあるからである。

 こうした「判断」の底に、自治体の首長として次の二点にわたる問題があると思われる。

 一つは、地方自治体の運営上、団体自治(自治体行政)と住民自治(住民自治の自治活動)の二つの自治機能を尊重し、その充足と調和を図る法的運用が目ざされているかという点である。
 もう一つは、「二元代表制」についての認識である。つまり、県民から直接選ばれた知事自身と、同じく県民から直接選ばれた議員から成る県議会で、前者は県民意思を県行政に反映させ、後者は県民意思を多面的に反映し、県民要求の実現の方向性をきちんと議論する職務を果たす、こうした「二元制」により知事と議会とがお互いに節度をもって専断や暴走を防止し、県政の実を県民に還元していくというというあり方が志向されているかという点である。

 冒頭に述べた今日の状況の根本的原因の一つはこうしたことによると考えられる。現在、その結果と思われる事例を二点挙げておこう。

 一つは、教育委員のW氏が昨年10月突然辞任したことである。本人によれば、公私協議会で公立と私学の定員枠を6:4と決定したことが生徒の進学希望を歪めているとの批判からだという。
 もう一件は、8月6日の第二回公私協議会で展開された県教育委員会と私学側とのやりとりで、県教委側が進学率の全国最下位クラス低迷に関連して私学側に直接的にその解決の一つとして「進学率の向上」を求めたのである。

 つまり、この春初めて実施の「6:4入試」に早くも矛盾があらわれたと思われるのである。7月に県教委が発足させた「入試制度検討協議会」の設置も、この流れと無関係ではないだろう。

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