2002年11月29日
11月23日付の『神奈川新聞』が伝えた、横浜弁護士会による横浜市に対する「市立定時制高校統廃合見直しの勧告」について、以下にその『勧告書』を資料として紹介します。
平成14年11月20日
横浜市長
中田 宏 殿
横浜弁護士会
会長 池田忠正勧告書
申立人「横浜市定時制高校の灯を消さない会」代表高坂賢一から申立のありました、横浜市立定時制高校統廃合に関する人権侵害救済申立事件について、当会人権擁護委員会において調査したところ、別紙調査報告書記載のとおり救済措置を講ずる必要ありとの結論に達しましたので、当会常議員会の議を経たうえ、貴庁に対し、以下のとおり、勧告します。
勧告の趣旨
平成12年3月策定の「横浜市立高等学校再編整備調整計画」による、横浜工業高校定時制、港高校、横浜商業高校定時制、鶴見高校定時制、戸塚高校定時制の5校の募集停止の措置について(以下本件措置という)、生徒、保護者、教職員等関係者全般から広く意見を聴取したうえで、募集の再開や募集停止の陳情等も視野に入れ、本件措置を再検討すべきである。
勧告の理由
別紙報告書のとおり
横浜弁護士会人権擁護委員会(委員長石黒康仁)が、池田忠正横浜弁護士会会長に報告した『人権救済申立事件報告書』を、以下に資料として紹介します。
平成14年10月15日
横浜弁護士会
会長 池田忠正殿
横浜弁護士会
人権擁護委員会
委員長 石黒康仁人権救済申立事件報告書
第1 申立の趣旨
申立人が申し立てた人権救済の内容は概ね次のとおりである。
1 横浜市教育委員会は平成12年3月に「横浜市立高等学校再編整備計画」を策定し、横浜市内の定時制5校(横浜工業高校・港高校・横浜商業高校・鶴見工業高佼、戸塚高校)並びに港商業高校を平成14年度から平成17年度に亘って段階的に募集停止し、港高校・港商業高校の場所に全日制総合学科高校、横浜工業高校の場所に定時制3部制総合学科高校をそれぞれ開校し、上記6校を2校に統廃合することにした。(なお、横浜工業高校・港高校・横浜商業高校の3校に関しては、平成14年度の入試から募集停止をしている。)かかる定時制高校の統廃合は、定時制生徒及び定時制に入学を希望する人々の学習権の侵害にあたる。
とりわけ、今日定時制高校には、いわゆる勤労青少年だけでなく、今まで就学の機会がなかつた高齢者や外国人、帰国者や、帰化した人、中学校まで不登校であった生徒、いじめを受けてきた生徒、全日制高校を退学しあるいはさせられた生徒、心身にハンディを負った生徒など様々な生徒が在籍しており、これらの生徒にとって定時制高校は、全日制高校では代替不能な意義を有している。
2 ゆえに、上記定時制5校について、横浜市は速やかに募集再開の措置を講ずるるべきである。
3 今後も横浜市は学習権の侵害にあたる定時制の統廃合は行わず、就学保障の条件整備につとめるべきである。
第2 調査の経過
申立人の申立を受け、当委員会内の事件委員会が調査活動を実施した経過は次のとおりである。下記日時にそれぞれ事情聴取を行った。
1 平成14年1月24日午前10時30分(申立人らより)
2 平成14年4月3日午後4時(横浜市教育委員会担当職員より)
3 平成14年5月31日午後2時(申立人ら及ぴ現役定時制高校生徒より)
4 平成14年6月26目午後4時(申立人らより)
第3 当委員会が認定した事実
1 制度はどのように変更されたのか。
@変更された制度の内容
横浜市教育委員会は平成12年3月に「横浜市立高等学校再編整備計画」を策定し、横浜市内の定時制5校(横浜工業高校、港高校、横浜商業高校、鶴見工業高校、戸塚高校)と全目制の港商業高校を併せた全6校を平成14年度か平成17年度に亘って段階的に募集停止し、港高校・港商業高校の場所に全日制の総合学科高校であるみなと総合高校を、横浜工業高校の場所に定時制3部制の総合学科高校である横浜総合高校をそれぞれ開校し、上記6校をみなと総合高校(全日制)と横浜総合高校(定時制)の2校に統廃合することにした。(なお、横浜工業高校・港高校、横浜商業の3校に関しては、平成14年度の入試から募集停止をしている。)
A募集人数自体の削減
平成13年度の上記5校の定員数の合計は595名であったが、平成14年度の横浜総合高校と鶴見工業高校と戸塚高校の3校の定員数の合計は490名であり、100名以上定員数を減少させた。今後鶴見工業高校及ぴ戸塚高校の募集停止も開始されれば両校の募集定員数合計210名についても加えて減少することになる。
B夜間定時制の募集人数の削減
平成14年度に募集停止をした上記3校の定員数は、385名であったが、平成14年度に上記3校の代わりに設立された横浜総合高校の夜間の部の定員数はたったの70名である。今後鶴見工業高校及び戸塚高校の募集停止も開始すれば、さらに減少数は増加する。
C設置場所の削減
定時制高校に通う生徒にとって、通学時間というのは、重要な意味をもつことが多い。せめて30分くらいで通える場所に学校があって欲しいというのは、生徒たちの生の声である。平成14年度に横浜商業高校が募集停止をしたこと、そして今後鶴見工業高校及び戸塚高校が募集停止をすることになれば、場所的な意味で、生徒に十分な教育の機会を与えていないことにもなる。
2 定時制高校入学希望者は減少しているのか。
横浜市教育委員会によれば、今回の制度変更の主な理由は、定時制高校入学希望者が少なく、現在の定時制高校は生徒の二一ズに対応できていない点にあるという。
すなわち、@定時制高校の入学者は一年以内にその4割が退学し、Aまた、中学校3年生を対象に秋に進路の希望を調査すると、その段階で定時制高校に入学を希望している者は非常に少ないという。しかし、これらに関しても、確かに当初から定時制高校に入学を希望している者は少ないかもしれないが、実際に入試の段階になれば、神奈川県下の平成13年度の定時制高校の普通科の志願変更締切時の競争率は1.OO倍である。とりわけ、平成14年度に募集停止が開始された港高校は、140名の募集定員のところを平成13年度入試では152名もの志願者数を数え、競争率は1.09倍であった。
申立人提出資料によっても、港高校の平成5年度から平成13年度までの入学者数は毎年150名を越えている。入学希望者が減少しているという、市教育委員会の側の言い分は必ずしも正確ではない。また、現実に中途退学者が多いとしても、それは定時制高校で教育を受けたいと希望している者が少ないということは意味しないのであり、定時制高校の教育カリキュラムを改善し、生徒にとって魅力的なものにする努力をしなければならないのであって、定時制高校の定員数を減少させる理由とされてはならないと思われる。
また、市教育委員会によれぱ、定時制は全県一学区であるので、定時制高校の制度は市の制度のみを単独で評価するのではなく、県立の定時制高校についても併せて評価をされたいとの言い分であったが、県立の定時制高校も横浜市市内の定時制普通科の2校(県立横浜翠嵐、県立希望ヶ丘)を検討すると、それぞれの平成13年度の志願変更締切時の競争率は1,44倍、1.39倍というかなりの高倍率でおり、市立の定時制高校の定足数削減を県立の定時制高校で補うという話は到底不可能であることは明らかである。
3 定時制高校の有する現在的意義について
そもそも、定時制高校の存在意義から振り返って考えてみるに、確かに、今日、アルバイトでない仕事に従事している就労高校生の数は多くはない(教育委員会によれば定時制高校の生徒の5%程度だという)。ちなみに、申立人らからの事情聴取によれば、今日定時制高校の生徒の内訳は、その7割以上が不登校経験者、その2割が高校の中途退学者、残りの1割弱が就労者や高齢者、外国籍の人であるという。新聞等でもたびたび報道されているように、中学校、高等学校での不登校の生徒は年々増加しており、また、いじめや非行おるいは、画一的な教育制度になじめない等さまざまな理由により中途退学をする高校生も後を絶たず、深刻な杜会問題になっている。事件委員会委員が現役の定時制高校生徒2名から直接事情を聴取したところによると、やはり2名とも、不登校経験者であり、彼らによればぺ定時制高校に入学してやっと自分の居場所がみつかったということであり、高校の同級生にもそのような生徒が数多く居るとのことであった。不登校の生徒には、いわゆるサボート校とよばれる私立のスクールも存在するが、授業料が月10万円もかかる.ところが多く、経済的に通える生徒ばかりでない。
かかる諸事情からするならば、今日定時制高校の需要は、決して小さくなく、とりわけ、不登校経験者や中途退学者の教育を受ける場として極めて重要な役割を担っていると判断される。
では、今般新設された横浜総合高校は、これまで定時制高校が果たしてきた役割をカバーできるものだろうか。
平成14年度の横浜総合高校の入学試験は、第一回入試で595名、第二回入試で122名の不合格者を出す結果となった。このような入試結果からも明らかなように、同校は、きわめて人気の高い高校であり、入学することは決して容易ではない。これまで、定時制高校は入ろうと思えばほぼ入れる高校であり、それゆえに、不登校経験者や中途退学者のようないわば中学高等学校教育制度からドロップアウトしてきた生徒の受け皿として、重要な役目を果たしてきたといえる。これほどの人気校になってしまえば、もはや横浜総合高校は、これまで、定時制高校が果たしてきた役割をカバーすることは不可能であると思料せざるをえない。
4 その他
上記のような諸間題のほか、以下のような事情も認められる。
@現在在校中の生徒に関して
平成14年度から募集停止が開始された上記3校の現在の在校生にとっても、留年することができなくなったという深刻な間題がある。これまで、定時制高校にあっては、自分のぺ一スで5年あるいは6年かけて卒業する生徒もいたが、募集停止によって、留年、落第が事実上困難となった。
A横浜総合高校の施設面の不備
横浜総合高校は横浜工業高校の場所に開設されたが、1学年280名で、3年後には840名のマンモス校になるにもかかわらず、教室の不足等、施設面の不備は著しい。来年度入学する生徒達のロッカーの置き場所にさえ苦慮している状況である。
B横浜総合高校の平成14年度入試の混乱
平成14年度の横浜総合高校の入学試験は、上述のとおり、第一回入試で595名、第二回入試で122名の不合格者を排出したというきわめて異例な結果となった。高校浪人の生徒も出たとのことであり、制度の変更により、多くの者が翻弄されたであろうことは想像に難くない。
第4 結論(評価)
今日定時制高校は、第3の3で述べたようなさまざまな人々とりわけ、不登校経験者や、中途退学者にとっての教育を受ける場として、代替不能な役割を担っている。それを裏付けるように、平成13年度の神奈川県下の定時制高校の普通科志願変更締切時の競争率は1.00倍であり、定員数に応じた生徒の応募がある。このことのみをとっても、上記定時制高校5校を統廃合しなければならない理由は見いだしがたいが、さらに加えて上述のとおり、新たに新設された横浜総合高校は、現段階において、これまでの定時制高校が果たしてきた役割をカバーしているとは言い難い。
そもそも、すべての子どもには、憲法で教育を受ける権利が保障されているばかりか、今日高校への進学率は97%であり、もはや高校で教育を受ける権利の保障に関しては、小学校、中学校で教育を受ける権利と同等に重視されるべき問題といえる。
これらのことを総合すれば、以下のように結論づけることが出来る。
第1に、今回の制度変更は、憲法26条1項の保障する教育を受ける権利の侵害に当たるばかりか、能力の応じた教育の機会均等を保障した教育基本法3条1項にも違反するものと思料せざるをえない。
第2に、不登校の生徒や中途退学者の問題は、必ずしも生徒個人の問題ではなく、教育制度そのものひいては社会全体の問題であるといわざるをえず、国や地方公共団体は、現行の教育制度からドロップアウトして教育を受ける機会を享受できなかった生徒たちにはできる限りの代替手段を用意することで就学の機会を保障し、教育条件を整備する責務がある。この点、子どもの権利条約28条1項では、中等教育の関し、すべての子どもが利用可能でありかつアクセスできるようにするよう、そして、学校への定期的な出席および中途退学率の減少を奨励するための措置をとるよう定めているが、不登校の子どもや中途退学の子どもたちに教育の場を与えないことは、同条約に反することになる。
第3に、教育基本法3条2項は、国及び地方公共団体に対して能力があるにもかかわらず経済的理由によって修学困難なものに対して奨学方法を講ずべきことを定め、同法10条2項も、教育行政について、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない旨を定めているが、これらの法律にも違反している。
よって、本件措置について、生徒、保護者、教職員等関係者全般から広く意見を聴取した上で、募集の再開や募集停止の凍結等も視野に入れ、本件措置を再検討するべく勧告の趣旨記載のとおりの勧告をするのが相当と思料する。