2003818

「神奈川県立の高等学校に係わる通学区域改正方針(案)」に対する意見書

学区を撤廃し受験競争を激化させるのではなく、
     深刻な不況下、自宅から近い、希望する高校に

        入学できる入試制度と学区のあり方を考えましょう

中陣 唯夫(かながわ定時制教育を考える会 代表



 神奈川県教育委員会は、この7月に「神奈川県立の高等学校に係わる通学区域改正方針(案)」(以下「方針案」)を発表しました。そこには、「現行の学区を撤廃する。平成17年度入学者の選抜から実施する」という案が示されています。

 わたしたちは、この案の中に示されている学区の撤廃の理由には、以下に示すように根拠がなく、県民を納得させるものでないと考えます。また、「入学者選抜制度・学区検討協議会」が2次報告(「今後の学区のあり方について」)で指摘した「学区を撤廃した場合の課題」への「対応」には説得力がなく、課題解決は根本的に難しいといえます。にもかかわらず、学区を撤廃することは受験競争を今以上に激化させ、多くの受検生に不本意入学を強い、自宅から遠い、交通費のかかる高校への進学を余儀なくさせることになりかねません。現在、経済的理由で私立高校に通えない人が増えてきていますが、学区の撤廃は、通学費用や通学時間の問題で高校に通えない人を生み出す恐れがあります。

 こうしたことから、わたしたちは今回の「学区撤廃」という「方針案」がきわめて問題が多く、これを拙速に導入することは神奈川の高校教育に取り返しのつかないマイナスをもたらすと考えます。


「協議会」が指摘した「学区を撤廃した場合の課題」の解決は、困難

 「入学者選抜制度・学区検討協議会」は2次報告において、「学区を撤廃した場合の課題」として、「受験競争の激化への懸念」、「学校の序列化への懸念」、「近隣の高校の入学を希望する生徒に対する影響」、「地域とのつながりの希薄化への懸念」、「中学校の進路指導への影響」という5つをあげました。「方針案」は、これらの課題への対応して、「特色ある高校づくりの進展」、「入学者選抜制度改善の着実な実施」、「中学校の進路指導の一層の充実」、「進路希望等に基づく募集定員策定上の配慮」をあげ、「方針案・別紙」においてこれらの対応により課題が解決できるとしています。

 しかし、「特色づくり」によって受験競争が緩和されるという保障は何もないことは、この間県内の公立高校が「特色づくり」を進めてきたものの、それによって受験競争がなくなっていないことを見ても明らかです。

 さらに、「序列化への懸念」についても、全県一学区にすることは、県内の200近くの公立高校をトップから最下位まで序列化することにつながり、それを「特色づくり」や「入試制度の一部に自己推薦を入れる」ことなどで、解決できるものではありません。

 さらに、近隣の高校への入学を希望する生徒に対する対応についても、「生徒の進路希望や通学圏に配慮した募集定員の策定を行っていく」という全く一般的なことを、わずか3行で述べているに過ぎません。実際には、募集定員の発表は10月後半であり、12月頃に明らかになる中学生の進路希望に対応して、定員を変更できるとは考えられません。

 このように、5つの課題に対する県教委の「対応」は全く説得力がなく、課題解決の保障もありません。そもそも、学区を撤廃すると「協議会」が挙げた5つの課題をはじめ、様々な問題が生ずることが予想され、これらを解決していくことは極めて困難といえます。


学区を撤廃する理由には、まったく根拠がない

 「方針案」には、学区を撤廃する理由が次のように二つだけ挙げられています。「本県では、『県立高校改革推進計画』において、特色ある高校づくりを進めており、各高等学校の特色に応じて学校選択ができるようにするとともに、再編整備計画により普通科の高等学校数が減少することを踏まえ、学区の改正を行う必要がある」。

 つまり、学区改正の理由の第一は、各高等学校の特色に応じて学校選択ができるようにすることであり、第二は普通科の高等学校数が減少するので選択数を増やすために改正するというわけです。

 理由の第一については、受検生や親にとって切実で関心のある「特色」を有している高校、つまり専門学科、総合学科、定時制、通信制は今でも全県一区であり、学区はありません。また、普通科の単位制やコース制についても、学区は存在せず、全県どこからでも受検ができます。したがって、県教委が挙げる「特色に応じた学校選択ができるようになる」ということで想定されている学校とは、単位制やコース制を除いた普通科高校だけということなります。

 単位制やコース制を除いた普通科高校は、前期再編計画が終了する20054月時点においても、1学区にもっとも少ない学区(川崎南部)で4校、多い学区(横須賀・三浦)では11校、平均して8校程度存在しています。したがって、それらの学区の中でそれぞれの学校の「特色」を考え、希望校を選択することができます。また、現在でも学区外の入学枠が25%あり、その枠での学校選択は全県どこでも可能です。

 また、受検生やその親にとって、単位制やコース制を除いた普通科高校における「特色」については、特に強い関心があるとはいえません。

 学校選択に決定的に関わるとはいえない「特色」をことさら際立たせ、学区撤廃の口実とするのではなく、深刻化する不況のもとでは何よりも自宅からなるべく近く、交通費がかからず、また通学時間が長くない高校への進学が可能となるような入試制度や学区のあり方を検討することこそ教育行政の責任といえます。


 次に、理由の第二については、県教委自らが「改革推進計画」によって学区内の普通科高校を削減してきた責任を棚に上げたうえで、このような理由を持ち出すこと自体、厚かましいこと甚だしいといえます。

 県教委は、「県立高校再編計画」の前期計画において普通科高校を中心に14校を削減しました。その結果、学区内の普通科高校の数を慎重に検討することなく、総合学科高校やフレキシブル高校を新設していった川崎南部学区では、単位制を除いた普通科高校が4校しか残らないことになります。また、横浜南部学区は普通科高校が2校減少、その他の多くの学区は1校減少ということで、学区内の普通科の学校が減少していきます。

 このように普通科を中心に県立高校を削減し、さらに学級減を進め、入学定員の公立枠を大幅に減少させたことにより、全日制進学率は02年度には90.0%にまで低下、1972年の進学率に立ち戻っています。そのため、公立高校全日制を希望した中学卒業生のなかで、その希望がかなわず、自宅から遠く離れた私立高校や定時制、通信制へと進学していく人の割合が増えています。また、高校進学ができず、中学浪人や無業者となる割合も増加しています。

 こうした事態を生み出した原因をつくった張本人の県教委が、「普通科の高等学校数が減少することを踏まえ、学区を撤廃する」とどうして言えるのでしょうか。まず、前期計画で統合した高校の中で新校に移行しなかった校舎を使い、新たに普通科高校を開校するのが本来の道です。今、入試に関わって教育行政が行うことは、削減された県立高校を復元し、公立高校への進学希望者が希望どおり進学できるように、入学定員の公立枠を広げることであり、学区を撤廃することではありません。

 学区を撤廃し受験競争を激化させるのではなく、深刻な不況下、自宅から近い、希望する高校に入学できる入試制度と学区のあり方が検討されるべきであると考えます。

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