[警備員クラウド (前編)]

彼は無口で、人と接するのが苦手だった。
だから一見警備員という仕事が向いているかのように見える。彼もそう思いバイトを始めた。
しかし警備員は店員と同じように接客をしなければならない。
彼はどうしても"いらっしゃいませ""ありがとうございました"を語尾を上げる発音で言えなかった。
必然的に彼は地下駐車場の車上荒らしの見張りという孤独で特に体を動かす事もない仕事を任せられた。
いや正確に言うと誰もやりたがらないこの仕事を押し付けられたのだが。
とはいえ彼はこの仕事を気に入っていた。人に気を使う必要も無く1人の時間を過ごせるからだ。

「クラウド!昼飯の時間だぞあがってこい」
「あぁ、先に行っててくれ」

彼がバイト中にする会話と言う会話はこの程度だ。
あと彼が声を発するのは始まりの朝礼と終わりの解散ミーティングのみである。
ちなみに彼は昼食以外休憩を取らなかった、昼食時も食べ終えるや否や地下へと戻っていく。
しかしそんな彼の人生にも転機が訪れた。
とある女性隊員の登場と共に

「エアリス・ゲインズブールです、これからよろしくお願いします!」

長髪で色白の美しい女性隊員の加入に皆が心躍らせ、彼女に盛大な拍手を送った。
そんな中1人だけ拍手を送らない人間がいた。そうクラウドである。彼は一度も拍手をした事がなかった。
それを見たエアリスは微笑みながら彼に握手を求めた、拍手もした事が無い人間に握手を求めたのである。

「エアリスです。よろしくね」

しかし彼は握手を拒んだ、当然と言えば当然である。
なんでアイツだけ、そしてなんでアイツは拒むんだと、他の男性隊員たちはクラウドを妬んだ。
まぁ彼はそんなこと気にしなかったけれども。

エアリスは地下駐車場の警備を希望した。要するにクラウドと共に働く事を希望したのである。
当然男性職員達は反対した。それとは違った趣旨で彼も反対した。
孤独の至福の時間を邪魔されてたまるかと、
しかし地下駐車場の警備は通常2人で行う事になっていて、いわば1人欠員だった。
よって新入りの彼女は必然的に希望通りのポスト(注:1)に配置された。

「言っておくが、俺はアンタと仲良くやっていく気はない」

これがクラウドが発したエアリスに対しての初めての言葉だった。よく考えれば酷い話である。
少なくとも新入りに対して吐く言葉ではないだろう。
しかし彼女はめげるどころか、微笑みながらこう言った

「じゃあ、仲良くやっていく気になればいいのよ」

普段、冷静かつ迅速に物事を処理するクラウドにもこの言葉を理解するのは難解だった。
そもそも全てが矛盾している。ありえない。

「意味がわからないのだが」
「要するに仲良くなろうって事よ」

エアリスは満面の笑みで答えた。クラウドはますます困惑し、徐々に彼女のペースに引き込まれていった。

「だから俺は、あんたと仲良くやっていく気はないと言っただろう」
「いいから、いいから」

クラウドは答えるのをやめ、考えるのもやめた。
馬鹿馬鹿しい、こっちまで馬鹿になると、心の中で呟いた。
しかし無視に徹しなかったのは相手に興味があるからと、いうことを彼自身もまだ気づいてなかった

いつも皆に愛されて育ってきた彼女もまた
自分を初めて突き放した彼に不思議な魅力を感じていた

後編に続く

トップに戻る] [小説置き場に戻る

注1:警備員の配置場所の事