例として、A 点と B 点の間を質量が往復する振り子を考察しよう。 これらの点で質量 m は、経路の中の最低点、C 点にそれがいるときより h だけ高い(図を参照)。 一方 C においては、持ち上げる高さが消えている代わりに、その質量は速度 v を持っている。 それは、あたかも持ち上げる高さが全て速度に変換されたかのようである。そして、逆にもそうである。 正確な関係は、g を重力加速度として mgh = m/2 v^2 と書けるかもしれない。ここで興味のあることは、 この関係は、振り子の長さと質量の通過する経路の形との両方から独立であることである。
重要なことは、全過程を通して何かが定数であること、そしてその何かがエネルギーであることである。 A 点と B 点においては、それは位置のエネルギーまたは、 "ポテンシャル"エネルギーと言われ、 C 点において、それは動きのエネルギーであり、 "運動"エネルギーと言われる。この考え方が正しければ、 mgh + mv^2/2 の和は、振り子のどの位置においても同じ値を取らなければならない。 もし、h が C を超える高さを表し、v が振り子の通過点における速度であるなら。 そして、そのことが実際に合っていることが見出された。 この原理の一般化は、我々に力学エネルギーの保存則を与える。しかし、摩擦が振り子を止めるとき、 何が起きるのだろう?
そんな風に力学的と熱的エネルギーの保存則はひとつにされた、物理学者は、そこから保存原理が、 化学的、電磁気的過程、手短にいえば、全ての領域に応用され拡張されるということを納得させられた。 物理系の中で、エネルギーの総和というものがあって、それが起こり得るどのような変化においても、 つねに一定に残るということが明らかになった。
こんどは、質量保存則である。質量は、物体が加速に対して反対する抵抗によって定義された(慣性質量)。 それはまた、物体の重さによっても、計られた(重力質量)。 この基本的に異なる定義の両者がある物体の質量について同じ値を導くということは、そのこと自身、 驚くべきことである。 その原理、すなわち、どのような物理的、化学的変化においても質量が変わらないということ、に従えば、 質量は、(不変であるため、) 本質的な物質の質であると表出している。熱し、融かし、蒸発させ、 化合物に合成しても全体質量は変わらないであろう。
物理学者は、この原理を、ここ数十年前に受け入れた。 しかし、特殊相対論の挑戦でそれが不適切であることが証明された。そのためエネルギー原理にマージされた。 それは、約 60 年前、力学的エネルギー保存の原理が、熱の保存則と結合されたのと同じである。 エネルギー保存の原理は、以前は熱の保存則を飲み込み、今は質量の保存則を飲み込むまでに至って、 その領域をひとり抱えているといってよいかもしれない。
しかし、もし、物質のすべてのグラムに莫大なエネルギーが含まれているなら、どうして長い間知られなかった のか。答えは十分単純である:長い間、外部に取り出されることがなかったから、観測できなかったのである。 それは、まるで伝説的に富める者が決して消費せず一銭も外に出してはならないようで、彼がいかに富めるかを 誰も言えないのである。
今、我々は、その関係を逆にして、エネルギー量 E の増加は、質量に E/c^2 の増加を伴わなければならない ことをいうことができる。私は、その質量に容易にエネルギーを与えることができる。例えば、もし私がそれ を10度熱すればよい。その場合、どうして、この変化に伴う質量増加、又は重量増加を測定しないのか? ここでの問題は、増加する質量には c^2 という膨大な係数が分数の分母にあることである。そのような場合、 もっとも敏感な天秤を使っても、増加は余りに少ない。
現在、我々は、個々の原子の重さを計ることが実際にはできない。しかし、その重さを正確に測定する間接的 な方法はある。そのようにして我々は、分裂生成物 M' と M''とに移される運動エネルギーを決定することができる。 こうして、等価の式を検証し確認することができるようになった。また、その法則はさらに我々に、正確に 決定された原子の重さから、どのような原子分裂を心に描いても、そこからどれだけのエネルギーが解放さ れるかを計算することを可能にしている。もちろんその法則は、どうやって分裂反応がもたらされるか、 又は反応するかどうかについては、何も言わない。
何が行われているかについて、我々の富豪を使って描き出すことができる。原子 M は、富んだ守銭奴であり、 人生を通して一文(エネルギー)も外に与えなかった。しかし、心中、彼は彼の財を二人の息子 M' と M'' に 遺贈しようとした。それには、全体の遺産(エネルギー又は質量)の千分の一より少ない少しの量を、彼らが 地域社会に与えることを条件にした。息子達がもつものは、その父がもつものより、なにがしか少ない。 (質量の和 M' + M'' は、放射性原子の質量 M よりなにがしか少ない。) しかし、地域社会に与えられた 部分は、相対的に少ないとはいえ、(運動エネルギーとしては) まだ非常に莫大であり、それは、それに よって邪悪な脅しをもたらした。その脅しを避けることが我々の時代の最も緊急の課題となった。