大河小説

サーキットのオリオン

< 復讐遍 >


(さ)

「うっ、冷たい!」

うなじにヒヤリとした衝撃を感じて、オリオンは天井を見上げた。

ここは、世界でも脱出不能の牢獄として
名をはせる赤山刑務所の地下牢。

折音は冷たい鉄製のベッドの上で、ひざをかかえ、
寒さに耐えていた。

折音が見上げた天井には、北側の角に 暗いシミができており、
そこから水滴がたれているようだ。

上の牢がここと同じ構造だとすると、
もしや、あの位置は..!?


(オ)

もしや、あの位置は..!?
そうだ、2階に住んでる「仁じいさん」のトイレの位置!

するとあの、滴り落ちる水滴は……!?


(さ)

そう考えた瞬間、折音の身体はみるみる
巨大化してゆき、
やがてコンクリートの天井を打ち破ると、
正義の使者オリオリンへと変身した!

そう、折音は、あの液体にふれると、
オリオリンへと変身する。

かつて、ユーボン・カルテットに対抗すべく、
自らの身体に改造を加えていたのだ。
しかし、狙い撃つは、ユーボン・カルテットの巨匠
マジンガー=リバストン!

リバストンはすでに、変身合体を終え、戦闘態勢に入っている。
果たして、オリオリンは地球を救えるのか!?



(ふ)

オリオンさんの顔が恐怖に歪む。
そして、訳も分からず叫び声をあげた! 

おああああ〜!!

……そこで目が覚めた。

びっしょりと寝汗をかいている。
気づくとそこは、いつもと変わらぬ牢獄の中だった。

オリオンさんは、2度、3度と首を左右に振った。
……どうかしている。
そう呟きながら、ふと視線を天井にくれる。

天井から水が滴っているのだけは、夢ではなかったようだ。

しかし、今上の階にいるのは仁じいさんではない。
あの気のいい年寄りは、3年前、
無実が証明されて出所していったではないか。

そう……、今上にいる人物と言えば……。


(さ)

「あなたあ..なに考えてはりますのん?」

肌襦袢に身を包んだ若妻アルテ(イタリア人)が、
仁じいさんの肩を、甘えるようにつねった。

日本のドンとして、巨万の富を築いた老人、仁は、
数年前、公募で手に入れた若妻とともに、
湯河原温泉へと湯治に来ていた。

富を得るためなら、あらゆる手をつくしてきた仁。

そう、かつて、牢獄に閉じ込められたときも..
いや、昔を思い出すのは、年寄りの悪い癖だ。

しかし、あの男のことだけは、なぜか忘れられない。

折音。
牢獄で会っただけの男。

やつは、わしの出所後、どうしたのじゃろうか?


(ふ)

いや、それはもう考えまい……。
そう言って、若妻アルテの方に振り替えると、仁はいつものとおり、
「圭子の夢は夜開く」の出だしを思い出すのに専念した。


(い)

若妻アルテが経済界のドン仁と結婚したのは、
無論金目当ての事だった。

彼女には大金を必要とする理由があったのだ。
そうでなければ誰がこんな老人と……。

今こうして一緒の空気を吸っている事さえ耐えがたいのだ。

アルテはこの旅行に出るときに
一つの決意をしていた。

それは、ほおっておけばいつまでも生きつづけるかもしれない
この怪物めいた夫を殺害する事だった。

しかし、ただ殺すだけではいけない。
そんな事をすれば自分が疑われることになるのは
目に見えている。

自分へ疑いを向けさせることなく、仁に死んでもらはなくては……。

完全犯罪。
アルテの頭の中にはそのシナリオが描かれている。

そして……
ここ湯河原温泉で惨劇は幕を上げるのだった。



(ふ)

仁の頭は、数年前から
「圭子の夢は夜開く」の出だしのことで一杯だった。

眠れない夜。
一度そのことが気になり始めると、
眠気はますます空のかな たへと遠のいてしまう。

仁は床につき、つぶやき始める。
15、16、17と、アタシの人生くらかった……。

……いや、何度考え直しても、出だしはこれではなかったはずだ。

この「圭子の夢は夜開く」こそが、
アルテがしかけた狡猾な殺人手段であることに、
仁はまだ気づいていなかった。

仁は頭を振るい、他のことを考えるようにつとめた。

誰でもいい。
オリオンさんの話に戻ってくれ……。

悪魔の警笛が夜の闇を切り裂いた。
恐ろしい殺人絵巻きが展開されたのは、
まさにその瞬間のことであった。



(さ)

「折音、出なさい! 釈放だ!!」

薄暗い地下牢の冷たいベッドで、折音は、
若い看守の声に起こされた。

難攻不落の牢獄「赤山刑務所」。
かつては何度か脱走を試みた折音であったが
やはりあの仁じいさんのように、裏の手を使わなくては
とうてい脱獄はかなわないのだった。

長い白髪に口髭をたくわえ、この世の無常に
すでに悟りをひらいていた折音が、ゆっくりと立ち上がると
まるで、さながら暗い地下牢に降り立ったモーゼのようにも
見えた。

ここ数十年、模範囚で通していた折音は、
看守たちに見守られながら、赤山刑務所の巨大な門を
くぐっていった。

「この歳で、またサーキットに出られるだべか?」
そんなことを考えながら..。






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