500ml缶・4

◆逃走

(……よしっ!)

意を決した僕は、すごい速さで『歩いて』逃げました。今思い返しても、このときの僕は速かったですよ。 計測すれば、おそらく競歩の世界記録だったに違いないです。
それに姿勢も最高によかったですね。指先までピンと伸びて、脚もめちゃめちゃ真っ直ぐでした。ハタから見たら明らかに不自然な『歩き方』だったとおもうんですけど。でも走ったりしたら、追いかけてきますからね、奴らは。フォルムのかっこよさを捨てて安全性をとるというか、名を捨て実をとるってやつですか?

(よーし! あの角を曲がれば大丈夫だ!)

まあ、そんな努力のお陰で、逃げ切ったと思ったんですけど…。なんか、後方からイヤな音が近づいてですわ。その音ってのが、明らかに「足音」なんですわ。

(やべー!追われてるよ! 何で!? 歩いて逃げたのに何で追ってくんの!? …ああ、そうか。 相手はクマじゃなくて人間だったんだ。 なんて浅はかなオレ!!)

そこまで考えたときに、ガッって肩を掴まれましてね。世界記録のオレに追いつくとは、さすが体育会系って。いや走ってきたんでしょうけど。

あー、もう終わったー、って。あー、もうボコボコにされるー、って。一緒に腕立て伏せ五百回やらされるー、って。
今までの人生が、僕の頭の中で走馬灯のように回り始めた、そのとき。

「ハァハァ…!……コーラ忘れてましたよ!」

彼の手には、僕が取り忘れたコーラの500ml缶が握られていました。
腐った空気が流れはじめたその場に、微動だにせず立ち尽くす二人の影。
片や、商品を取り忘れた僕の為に走って追いかけてくれた好青年。
片や、そんな彼をクマ扱いして逃げたオレ。

コレニテドロン
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