雷光が絶え間なく空を裂く。
視界を覆う豪雨が、重く厚く闇を覆い、事物の陰影は黒々と遠くに輪郭を滲ませる。
轟音。
生木を引き裂く鋭い音と、大地を揺るがす鮮烈な光。
焦げた煤と煙る香は、瞬く間に大雨に飲まれ、濁流が泥濘を押し流した。
崩れた石塊が無造作に配置された墓所。
世界を押し沈めるような奇妙な重苦しさは、死者達の怨嗟の声さえ虚無に飲み込み封じてしまうかの如く、辺りを包む。
鉄錆を含む血臭だけが、肌に張り付くように沈殿する。息をするのも苦しいような雨の中で。
男達は絶命の瞬間の恐怖を眉間に宿したまま地に伏していた。
氾濫した河の流れように地が溶け、物言わぬ屍を半ば飲み込む。それは絶対的な裁定者が示した審判の跡。
水幕に霞む闇夜の中、中心に立つ人影は、細身のまだ年若い少年のようであった。
闇を弾く紫銀の髪に覆われ、白磁の肌より覗く表情は伺い知れない。黒い外套が闇に溶け重く水を滴らせている。
ふわりと、白い影が世界の端で揺れた。
歪に捩れた空間の中で、不思議な程の静かさを携えて。もう一つの存在が地に舞い降りる。
天より落ちる雨滝は、敬うようにその身を避けて注ぎ。翠緑の髪も、白い衣もただ柔らかく濡れるのみ。
闇の中で青白く発光するような不思議な影は、こちらも線の細い、少年の姿形をしていた。
亡霊のような覚束なさで近づいてくるその存在は、現世のものとも知れぬ様であったが。
「やれ、遂には北の守神様の一柱がご登場か…」
嵐の中心に立つ少年は、そこで初めて口端を引き上げて笑みを象った。雷鳴と共に白く反転する世界。
伏せた面が上げられ、赤い唇が奇妙に蟲惑的な艶めかしさを伴ない歪む。
美しい紫銀の髪に白い肌。そして印象的な紅い瞳が秀麗な相を彩る。どこか危険な香を滲ませて。
対の双影。
時が止まったように、世界は音を失くす。
それが彼らの…初めての
出会い
決して語られる事の無い
二人だけの秘密の
咎の翼 前編
夕暮れ時の野営場。戦士達が束の間の休息に身を横たえる中、まるで戦場のような慌しさを呈する一角に怒声が飛び交う。
「あ〜もう!煮立ってるじゃない。誰か、火止めて火!」
「お芋、全然足りないてないわ!アーサー、急いで!持ってこれるだけ持ってきて!」
「あーはいはい。ちょっと待ってくれって!こちとら身一つなんだからさ」
軍の規模が大きくなるほど、食事の供給一つを取っても些事では済まない。トラキアの乾いた山岳地帯の小さな盆地、ルテキア城に駐留する前線部隊一つ取ってもそれは大仕事であることに変わりなかった。
解放軍は現在、北トラキアとの国境に位置するミーズ、トラキア中平原の要カパトギア、そして帝国境に近いこのルテキアと、主力部隊を複数に分けて駐留させており、盟主率いる本隊はまさに今、カパトギアからルテキアに至る細い岳路の途上にある。
トラキアの名将ハンニバル将軍率いる守備大隊、そしてトラバント王率いる竜騎士団との激戦の生傷癒やされる間もなく、険しい山峰越えの強行進軍。いつどこから襲い来るとも知れぬ竜騎士団の強襲に対する緊張に、誰の目にも軍の疲労は限界に来ているように見えた。
前線隊のいるルテキアに続々と合流する戦士達の顔は、疲労を引きずり言葉も少ない。
何より狭いルテキア城では大隊収まりきらず、多くの兵は野営を強いられているのだ。
張りつめた前線部隊特有の緊張感の中で、鬼気迫った形相で食事の準備を進める補給隊には、しかし女性の姿も多い。その中で、長い銀糸の髪を結え上げて、薄鼠色の前掛け姿で立ち回る長身の青年の姿は、まるで違和感なく馴染んだものである。
「えーっと芋、芋は補給庫の…何番テントだったけ?あーもう誰かどこか書いておいてくれよ!」
「3番!早く行ってこい鈍くせぇぞ!」
今度は野太い男の声で一喝が飛ぶ。うんざりした態度を隠そうともせずに、アーサーは大げさに肩を竦めてみせた。
「うるさいな!人のこと扱き使っておいて何だよ、俺はねぇ…」
とその時、殺気立つ修羅場の中、異質な穏やかさを湛えた風が吹き抜けた。視界の端に白い影が揺れる。
辺りの空気が途端に一変し、気づいた者達が、突然の高貴な来訪者に慌てたように装いを正し声をかけた。
「これは…セティ王子!このような所に如何されましたか?お食事でしたら、もう半刻もお待ちいただければ…」
「いや、何か手伝えることでもないかと思って」
落ち着いた柔らかな声が、乾いた大地に春風の恵みを齎すかのごとく馴染む。歩み寄る給仕係を片手を挙げて制し、そのまま無言で佇むセティの視線は間違えようも無くアーサーの姿を真っ直ぐに捉えていた。反射的にアーサーは知らぬ顔を決め込もうとするも、次々と周りから訝しげな注目を受けて逃れようも無く、やがては諦めたように大きく息をついて振り向いた。
「何、俺に何か用な訳?」
「用があるわけではない」
セティの返答はにべもなく、素っ気ない。
だがむしろ、不躾で遠慮会釈が感じられないアーサーの態度を責めるように、取り巻く人々の視線が険しくなる。
周囲の不穏な空気を感じ取ったのか、慌ててアーサーは、セティに小走りに駆け寄ると声を潜めた。
「…あのな。なら空気読めよ。無駄に邪魔だからどこか行っとけ」
「おまえよりは、幾分かましだと思うが」
やや憮然とした表情で返し、しかしセティは自分の登場がこの場にどのような影響を及ぼしているのか構いもしない様子で、ふらりと給仕場の中に入り込んできた。
「おい」
「何か手伝おう」
そう言って、奇妙な緊張に静まり返る給仕場の様子を悠と見回す。
アーサーはその後ろで小さな溜息と共に肩を竦めると、軽い調子で口端を引き上げた。ぽんと後ろから肩を叩き、そのままひらひらと軽く手を振って歩き出す。
「だったら、鍋番でもしてなよ。勇・者・様」
二人が旧知の仲であり、気心知れた”友”同士でもあるという事実は、実のところ軍の中では余り知られてはいない。周囲の者たちが平身低頭、慌てたように何事か言い募る様を後ろ目に見てアーサーは苦笑した。
何せ相手は勇者とも賢者とも称えられる解放軍屈指の実力者であり、聖戦士の一柱であり、北の王国の由緒正しき王子様でもあり、現在は前線部隊の指揮官でもある。
涼しげに整った楚々とした面立ちも、平時での穏やかな人柄も、戦時での頼もしい指揮統率ぶりもまるで隙が無い。困苦窮まる前線において人心を握す英雄と、一方で後方支援部隊での形ばかりの手伝い事に席を許された問題児。
まるで不釣合いな立場の二人が、知己然と交わすやり取りに、周囲の人間が目を剥くのも分からないことではなかった。
「まあ色男っぷりでは、俺も負けていないと思うんだがねぇ…」
アーサーは人集る友の姿を尻目に、解け掛かった前掛けの腰紐を結えなおしながら、飄々と誰にともなく呟いた。
確かに、長身痩躯で端麗な面立ちの二人の青年が並び立つ様は、平時であれば婦人衆の喝采と噂話の良い種になるであろうと予想されるほどに、絵画の如き様ではあったが。
”結局あんたが人より秀でているところって…顔、だけよね?”
にっこりと邪気のない笑みで辛辣な言葉を投げる少女の顔が一瞬脳裏に浮かび、アーサーは思わず深い溜息と共に空を仰いだ。
アーサーが倉庫より、四苦八苦と息を継ぎ、重い芋樽を引き摺りつつも運び戻る頃。予想したとおり勇者様は、野菜を煮詰めた大鍋の前で優雅な所作で柄杓をゆるりと回していた。
忙しなく行きかう周囲の人間達が、遠慮をしているのか一定の距離を置くものだから、ぽかりとそこだけ取り残されたように喧騒から浮いている。
まるで時間の流れが彼の周囲だけ違うかのように。だが、本人は気にした風もなく、これまた上品な仕草で灰汁を除いてみたり、時折口元に掬っては調味量を足したりしている。
「ああもう!」
ここは戦場の最前線で、危険とは常に隣り合わせ。食事など要は急ぎ食えるものであれば良い。のんびりと味の調製などしている場合ではない、と。
どさりと、苛立たしげに音を立てながら芋樽を置き、ここぞとばかりに皮肉めいた軽口をアーサーが叩くと、さも言わんと、したり顔の説教が返ってきた。
「であればこそ、だ。常時緊張を強いられる戦地でこそ、食への配慮は短き休息と共に効を成す」
それに自分は、こうしたことが得意なのだ、と。ついには生真面目な表情で、几帳面な字と共に何事か流し綴られた羊皮紙を突き出してくる。
「それと、物資の所在と量に関する情報を整理しておいた。そもそも戦時において情報は果断に集約し、更新整頓されてしかるべきであって」
「あー…はいはい」
半ばから聞き流しながらアーサーは慣れた手つきで、友の手から巻紙と杓を取り上げると、近くにいた給仕役の一人に託し、簡単な指示を出す。
「聞いているのか」
「聞いているよ。前線指揮官殿が俺達のような後方支援部隊の所までわざわざ足を運び、気に掛けてくださるなんて恐悦至極」
まるで心の篭らない言葉に、セティは物言いたげに僅か眉を上げるが、アーサーの脇に置かれた芋樽に目を留めると、新しい仕事を見つけたとばかりに歩み寄った。
「では次は芋の皮剥きをすればいいかな」
「わーもういい!もういい頼むから、こっち来いって!」
慌ててアーサーはセティの腕を掴み引き戻す。
この期に及んで更に勇者様が芋の皮剥きを始めたとなれば、間違いなく周囲がひっくり返る。
確かに、セティが本来こうした事に向いた性分であることをアーサーは知っている。だが今は何より、立場というものがある。身一つという制約も。
「悪いな皆、俺はちょっと前線指揮官殿のお守をするからお先に」
アーサーが不遜な宣誓をすると、忙しなく行き交う人々が動きを止め凍りつく。が、肝心のセティが何も言わずにいるためか、あえて口を出すものもいないようだった。
勢い、アーサーは手近な盆に二人分の椀を乗せ、出来たばかりのスープに固い干し肉を数片乱暴に盛り付ける。
そのままセティの腕を引きつつ給仕場を後にすると、好奇の視線が痛いほどに突き刺さってきた。
知己ということを差し引いても、解放軍の中でセティを相手にこのような口の利き方をする人間は他にいない。不可思議な取り合わせの二人の関係に、関心が集まるのも無理からぬことではあった。
久方ぶりに解放軍大隊に合流したばかりであるがゆえに、目立たないようにおとなしく、を目論んでいたアーサーであったが、よもやいの一番に最も目立つ人物に見つかり絡まれるとは流石に予想外であった。
(逆に余計な手間は省けた、と言えるのかな)
この厄介な雲の上の”友人殿”相手に、どのように接触しようかと頭を巡らせていたところではあったのだが。
手を引きつつ大股で歩くも、存外おとなしくセティは後に従って黙ってついてきた。
そもそも給仕場に何をしに現れたのか、今ひとつ判然としない態度である。
何より先程までの存在感が嘘のように、今はまるで影のようにふわふわとした雰囲気で目が遠い。今にも消えてしまいそうな宵の灯火の如く。
気づかれぬよう小さく舌打ちをしながら、アーサーは夕暮れ包む山影を仰いだ。
「ところでおまえ。見張塔に居なくて良いのか?」
野営の警備網と人だかりを避けて、人目のつかない岩陰に滑り込む。話しかけると、急に我を取り戻したように、風の使徒は2,3度目を瞬かせた。
アーサーがそのまま軽めの食事を取り分けて手近な岩場に腰を下ろすと、セティもそれに倣った。二人きりになりやや安堵したように、その表情が僅か緩んだようにも見える。
本来、前線において勝手な行動は許されるものではないが、連れて来ている人物が人物なだけに、警備の兵士も物言わず二人を見送った。
そもそも、セティが南トラキア戦において常に前線指揮の役割を担っているのも、その並外れた察知能力(既に人外の域と言ってもいい)がこの過酷な戦場で数多命運を分けてきたからである。何せ、視認も不可能なほど遠方の竜騎士襲来を、その詳細な数に至るまで言い当ててみせるのだ。
少なくとも風吹き渡る空天は彼の掌の世界。身を隠す場も少ない荒れたトラキア山岳の地、身動きも取れぬ細く切り立った崖地、深い谷間の行軍、いつ来たるとも知れぬ空からの襲来と、圧倒的に攻め手が不利な天然の要塞とも言うべき戦場において、これまで解放軍が大過なく進軍してこれたのは彼を含む幾人かの…人知を越えた守護者の力の故でもある。
そして竜騎士戦において圧倒的な優位を誇る風魔法の力もあり、全ての場面において、今はセティの存在が対トラキア戦の鍵となっているのだ。
但し、代わりに彼自身は前線指揮、戦闘から見張りに至るまで、休む間もなく働きづめである。
「食事のひと時ぐらいは、少し休息を取るべきだと…強く言われた」
淡々とした調子でそう告げて、セティは手元の椀に口をつけた。
彼の忠実な従者が、しかつめらしい顔で言い募る様が目に浮かぶようで、アーサーは思わず吹き出しそうになった。
「それで給仕場に手伝い事を探しにくるとは、呆れて言葉も無い」
「おまえが部隊に合流していると話づてに聞いた、そのついでにだ」
「成る程。忙しい合間を縫って、わざわざ俺を探して出歩いてくれるとは嬉しいじゃないか。…で何、俺を捕まえて日頃の鬱憤を晴らしたかったわけ?」
「いちいちはぐらかすな」
「毎度、俺が部隊に戻るたびに目敏く見つけて絡んでくるのはどちら様だよ」
放って置くと喧嘩にでもなりそうな応酬はいつものこと。
常より穏やかな風の勇者も、何故かこの”友”にだけは、通常と態度をやや異にする。だがアーサーはそれを気にする様子もなく、言葉を続けた。
「見ただろう周りの反応。いい加減、どう説明をつけたらいいのか」
「何故そこで困る」
「俺が大抵悪者に見られるからだよ。おまえと友達だと説明しても信じてもらえやしない」
「日頃の行いが悪いからだろう」
あっさりと切り返し、そんな事はどうでも良いとばかりに、ささやかな溜息を漏らす。
そのまま友を見やるセティの視線が、ゆっくりと顰められた。
「軍を離れ、今までどこに行っていた?」
詰問する口調の堅い声色。成程、これは面倒なやり取りになるぞ、と。アーサーは内心で舌打ちした。
間を置くように手元の椀に口をつけ、そして沈黙する友に向きなおる。
「どこって、北の集落まで買出しだよ」
「……」
「後方支援職の仕事をなめるなよ。食料の確保一つを取ったって、戦下の命綱、存亡を賭けた大問題なわけ」
「そのようなことは百も承知だ」
訝しげに細められる視線。確かにルテキア陥落後、トラキア平原におけるカパトギア戦線の行方が決するまで、前線部隊を維持し体制を整えるため、帝国との国境にほど近い北部の街に補給隊の一部を派遣したのは他ならぬセティの指示によるものではあったが。
「だが、ミーズ城を出て以来、そもそもおまえの姿を見ていない」
「混乱の戦渦中によくもまあ、俺のような支援職の一兵卒の行方を追いかけてくれるよな」
「だからはぐらかすなと。大体どうして戦いに参加しようとしない?昔から口先ばかりは”剣士”を標榜していた割に」
口調は柔らかいながらも告げる言葉に容赦は無い。
常ならば形ばかりにも腰に下げている優美な細身の装飾剣も今はなく、アーサーは完全に丸腰だった。
受けてアーサーは大仰に溜息をついてみせる。
「だからさ…軍は剣の腕が立つ、力強く勇壮な戦士が必要な訳らしい。俺だって本当は結構な使い手なんだけどねぇ」
「確かにおまえのは剣技ではなくて曲芸だからな」
「わかってないな。シレジアでは俺の必殺の暗殺剣は、そりゃもう恐れられて闇の世界に広く名が知れ渡っていたんだぜ」
「ああそうだったか」
一体どこまでが冗談か本気かわからないアーサーの虚言を、セティは呆れたようにいなして。だが次には真摯な面持ちでその紅の瞳を覗きこんだ。
「…やはり魔法を、使うつもりはないのか」
「……」
「おまえの”力”のことは、私は良く知っている。必要あれば私からセリス様に進言して…」
「待て待て。軍に合流したての頃は魔法も少しは使って貢献してたんだぜ?あの頃は魔道士がほとんど居なかったからな」
その頃の事情は、フィーの口からセティも少なからず聞いてはいた。多少の貢献はしていたらしい。だがほどなく、”暴発事件”を起こして使用を限ったのだと。
魔法の暴発は、魔道を学び始めたばかりの素人が制御の基本を疎かにした場合に稀に起りうる、魔力の逆流現象だ。その結果の為か否か、アーサーの魔道士としての実力は素人に近しいと見るのが軍の概ねであった。だが、不名誉な周囲の評価にも本人は気にした風もなく涼しい顔をしている。
当人は自分は凄腕の”剣士”だと嘯いているのだが、戦果に貢献したとの言は聞こえてこない。
更に単独行動と気儘を好むアーサーは、戦時の指揮を無視した好き勝手、奔放無双の行動を取ることも多く、その挙句。
「…要は戦力外通告という訳だな」
「身も蓋もない言い方だなおまえ」
干し肉を齧り切りながら、アーサーはじろりと友の顔を睨み返した。
「セリス様曰く、適材適所の采配というやつさ。剣も魔法も使えて馬にも乗れて頭も切れる。俺の多芸多才ぶりも戦場で敵陣に突っ込む折には、残念ながらその一面しか評価されないことになるわけ」
「器用貧乏ここに窮まれりということか。セリス様もさぞやご苦労されたことだろう」
「おまえは結局俺に喧嘩売りにきたの?」
久しく会った早々にこれか、と。アーサーはわざとらしく大きく首を振って見せるが、言の割にあまり気にした素振りではない。セティの側も同様に、久しぶりに友人を弄りつつの言いたい放題に満足したのか、涼しげな面持ちで目を伏せ、上品に干し肉を割いている。
「真面目な話。俺は成り行きで軍に帯同はしたが、妹を探すのが目的で、もとより戦いに参加する意思はなかった」
「……」
「どこかの王子様と立場も違って気楽な身分だしな」
「アーサー」
セティの目がやや複雑さを宿して僅かに揺れる。彼の出自は、軍の中で極めて限られた一部の人間だけが知っていることであった。ティニーの実兄であることも含めて、だ。
解放軍進軍初期の頃より軍に参加している古参の一人でありながら、アーサーは数多集う名も無き兵の一人、という立場を堅持し続けた。
人を惹きつける、不可思議な魅力を備えた秀麗な相に、時折起こす問題事は、少なからず周囲の注目を集めはしたが。飄とした素振りで彼はそれをかわし、やる気の感じられない態度で煙に巻く。
輝く紫銀の髪は雷精の加護を受けた高貴の血脈の証であるし、紅き瞳は秘めた炎の力、そして白き肌は澄んだ風の流れを司る。
見る者が見れば、彼の”存在自体の違和感”に気がつかないともしれないが。
声を潜めてセティはやや責めるような調子で囁いた。
「気楽な身分?遠縁といえど皇位継承権さえ持つお前がか」
「言うなよ。知られれば…色々と面倒なだけだ」
アーサーの母であるティルテュは、フリージ家の当主である故ブルーム王の妹であり、父であるアゼルは現皇帝の異母弟である。
帝国の支配とは即ちヴェルトマーとフリージ両家による支配と言い換えても変わらない。つまりアーサーの生まれの貴賎を取り上げれば、貴族の子弟が数多集う解放軍の中でも指折りのものであり、出る場所に出れば相応の発言力を持つ存在、であるはずなのだ。
だが当の本人はそれに触れられることを酷く忌避し、魔道大家の血筋でありながら、魔法を扱うことを意識的に避けている。
「俺は…”異端者”だしな」
ふ、と自嘲を湛えた笑みを象ってみせながら。
だが実際に、出自が知れれば解放軍の中での立場は微妙なものとなるだろう。現状でさえ、敵国の間者ではないかと心ない噂を立てられることもある程には、勝手奔放の態度を通しているのだ。誰に告げることもなく軍を離れ、長く戻らないことも多い。
解放軍盟主であるセリスのフォローもあり、最低限の信頼関係と立場は損なわずにこれてはいるものの。
「……」
セティは言葉を返さないままに、じっと身を留めている。視線の先、粗末な木の杓で残り少ない残飯を掻き込む友の姿を映す。
アーサーの右手には、薄絹の黒い手套が着けられている。透けるような白い肌を隠して、闇に溶け込むような漆黒の衣を彼は好んで着るために、露出した左手と顔の白さ、光を弾く紫銀の髪は、やけに艶めかしく際立って見える。
視線に気がついたアーサーが、悪びれた笑みを浮かべて鼻を鳴らし返してきた。
「なに?俺に見とれちゃった?」
「何を馬鹿な」
からかい混じりに言われセティが溜息と共に目を逸らすも、突如、友の右手が伸びてきてそのまま後ろ回しに首筋が捉えられた。
「アーサー」
「なあ、セティ」
言葉と共に、吐息がかかる程の距離に身を詰められる。
だがセティの方も逃れようとはしない。こうした触れ合いは幼い頃より、彼ら二人、の間では自然な事であったからだ。
印象的な赤い虹彩の瞳。正面から見据えられると、奇妙に魔的な力に吸い寄せられそうになる。
額が触れる距離で視線を交わし合うと、甘い痺れが背を通り、不思議な安堵感がセティの内に満ちた。
「で、最近は、きちんと眠れているのか?」
「……」
囁くように小さく声を落として、アーサーが問うもののセティは無言のままだ。
漆黒の手套を纏う右手で、透明感のある白い頬を包み込むと、セティもまた右腕を伸ばしてアーサーの首筋に手を添えた。
それは二人だけしか知りえない特別な秘密、を抱えた者同士のやり取りに近しい。
「必要なら、俺を呼べばいい。…わかっているだろ?」
「必要は…ない」
小さく、搾り出すような声色でセティは応えた。だがアーサーの銀糸に絡める右手が、どこか縋りつくような色を滲ませる。
受けてアーサーの表情が、これまでになく真剣なものに変じた。告げる言葉が、ゆっくりと、低く、不思議な音を乗せ響く。まるで命じるように。
「聞かせて。一体…何が、あったのか」
「セティ様。そろそろ軍議のお時間です」
突然、感情を伺わせない硬質の声色が、事務的な調子で投げ掛けられた。
「おっと」
思わずアーサーが身を引き顔を上げると、せり上がった岩盤の陰に濃褐色の衣を纏った、背の高い賢者の姿が映った。
いつから彼らの様子を伺っていたのか、風の使徒の忠実な従者であるその男は、能面の表情を崩さない。
セティもまた特に慌てた様子もなく、わかった、と自然な調子で返答すると身を起こす。取り繕ったような澄まし顔は、既に職務をこなす前線指揮官のものだ。
「お忙しいこって」
「ああ。だが久しぶりに…おまえと時間を過ごせて嬉しかった」
「……」
白い衣を翻し立ち去ろうとする彼の姿は、まさに風のように捉え所もない。アーサーは特に引き留める様子もなく、岩壁に身を凭れ掛らせたまま肩を竦めて返事を返す。
去り際に、セティはしばし立ち止まり、やや逡巡するように間を置いた。そしてぽつりと口を開く。
「この戦いが…落ち着いて、ミレトス辺りの自由都市に入れば少しは休息の時間も取れるだろう」
「……」
「その時は、ゆっくりと語り合うことが出来ればよいな。昔のように」
そう言って、肩越しに柔らかな笑みを見せる。久しき再会に、彼が笑顔を見せたのはこれが初めてのことであった。
「ミレトスで、ねぇ…」
小さく消える友の後姿を目に、アーサーは一人小さく呟いた。
吹き渡る風に乗り、黒い外套が大きく翻る。
「おまえが、そこまで持つのかどうかが、今は問題なんだよ」
トラキアの赤茶けた岩砂を含む乾いた風が、人気のない岩陰に渦を巻く。
陽も山影に大部分が沈み、ひやりと途端に辺りは肌寒さに包まれた。野営の陣に飛び交う群声も遠く、落ち着いたのか音を失くす。
アーサーは岩場に一人佇んだまま、顎元に手を当てて思案をしていた。その目元は厳しさを湛え顰められている。
「あんたが…ここに残るとは意外だな」
突然、視線を動かす事もなく、誰に向けられたか定かならぬ言葉が発される。
だが、高い岩壁の影には先ほどより動かぬ人影があった。主を迎えにきたと思われたその姿は、何故か場を去らずに留まっていたのだった。
「……」
「あいつに近づくなって有難いご忠告かい?」
「アーサー」
ホークの物腰には丁寧さは感じられるが、言の葉に遠慮はない。王子の友人、として尊重されてしかるべきはずである彼に対し、昔からホークはこうした態度を取っていた。
アーサーの存在が”悪友”に近い、つまりセティにとって好ましいとは必ずしも言えないという警戒感を、この聡明な従者は持っているのだ。
「お小言なら後で聞くぜ」
「いや。多少、気になったまでのこと」
「ガキの頃みたいに、本に載っていないあれやこれやを、俺が大切な王子様に吹き込んでいないかって?」
「君の…次の”仕事”が何か、ということだ」
「……」
アーサーの挑発にも動じることなく、ホークは静かな調子を崩さない。目を伏せたまま、淡々と言葉を紡ぐ。
年若いものの、この賢者には既に落ち着いた大人の風格…物静かな、威圧感を滲ませる雰囲気まである
「アーサー。君の、この軍における本当の”役割”とは、セリス様直下の斥候であり…諜者だ。違うか?」
「……」
ここにきて、ようやくアーサーは賢者の対面に向かい合うように壁から身を離した。
両の手を組み顎に当てて、伺うように物静かな男を見やる赤の瞳が、一抹の興味を宿したように輝く。
漆黒の衣が、再び風に乗って舞い上がり、優美な姿を影で包み飾る。
「流石は、忠実な監督者殿だ。お疲れの主殿よりも頭がきちんと回っているようじゃないか」
「あの方も薄々気がついておられる。我々…いや少なくとも王子に対して、その事実を伏せておく必要はないように思うが」
「伏せるつもりは別にないさ。だがその必要がないか、といわれればどうだろうな」
意味ありげに、アーサーは口端を引き上げて笑みを見せる。
「あんたは俺の目的に既に気づいているみたいだけど」
「……」
目を伏せ、渋面のままホークは無言で眉根を寄せる。
「それで、どうする。俺の事を”上”にどう報告するつもりだ?」
「何故、セリス様は…」
「さあね。だが時には必要なこともあるんじゃないのか」
肩を竦めて、アーサーは軽い調子で天を仰いだ。
無言を通す男の横に立ち、そのまま横目でちらと見やる。
「…軍師殿の息がかからずに自由に動ける人間が」
「事実…あんたがついていながら、また何て様なんだよ。あいつの身体はとうに限界を超えている。」
「……」
「にも関わらず、平気な顔をして出歩いている。…異常だ」
「マンスター解放の時点で、既にあの方の身には相当な負荷がかかっていた。まともな休養を取る事も無く、このトラキア戦に挑めば…」
「そう遠くはない。…あいつ…このままだと壊れちまうぞ」
「!」
男が息を呑む様子が伝わってくる。驚きというよりは、胸に重く淀む懸念を言葉に出して宣告された、というような雰囲気だ。
アーサーはその脇を通り、乾いた岩砂の壁に手を置いて目を伏せた。真剣な面差しは飄々とした普段の彼の姿とは異なる。
「何があったのか知らないが。…いや、あんた達がシレジアを出て行った時から俺はずっと心配していた」
「……」
「今のあいつは…まるで…」
言を聞き、苦々しいといった様で、ホークが小さく唸り声をあげた。
「しかし、この戦況で今あの方が離脱すれば戦線は崩壊しかねない」
「わかっている。もう僅かもすればここは戦場になるさ。北に帝国騎兵の援軍がすぐ傍まで迫っている」
「その報せは本隊より聞いている。成程、情報をもたらしたのは君という訳か」
ホークの言葉に、アーサーは振り返り小さく頷いた。
「ああ。トラキア進攻直後より、帝国の動向に探りを入れていた。このまま北の帝国軍に併せて南のグルティアから挟撃されれば非常にマズい」
「本隊の意向は?」
「セリス様達はおそらく明朝には合流する。だがリーフ王子やシャナン王子の守備するミーズとカパトギアの兵は動かさないつもりのようだな。兵を動かせば直ぐにでもトラキア軍が奪回のために大隊動かしてくると、軍師殿は読んでいるようだ」
「戦力の散逸は短期戦にしか向かん。ここで長く足止めを食うのは危険だが…」
何事かを思案するように、ホークは声を落とした。流石に焦りが眉間に滲む。
アーサーはゆっくりと歩み寄りながら、佇む背に向けて明瞭に告げた。
「状況を理解したなら、俺もあんたもやるべき事は同じなはずだ。協力してくれないか。あの軍師殿が無策である訳がない。であるならば…」
ダメ押しをするように、低く声を落とし囁く。
「むしろ事態は差し迫っているんだよ」
月が煌々と闇に浮かぶ。
どこか、赤みがかった奇妙な色合いの光が、高き山峰の影を薄く照らし、澄んだ空気が静寂に張りつめる。虫の声さえも聞こえない。
眠りに沈む野営の陣は、しかしどこか研ぎ澄まされた緊張にも包まれている。
当然のことながら、ここは戦の前線であり、如何な深き夜闇の中においても常に油断無く見張りの目が八方を見渡している。眠りにある戦士達も、浅いまどろみの中に短い休息を得ているに過ぎない。
虫の羽音一つ、聞き逃されないような独特の静けさの中、白い影が僅か視界の端を掠めた。
「!?」
冷たい石壁の脇で、欠伸を噛み殺していたアーサーは慌て身を起こし神経を張るも、もはや何の気配も音も、影も捉えられなかった。
城も野営場も、先程までと全く変わらぬ沈黙を保っている。
(…気のせい…ではないだろうな)
腰に下げた細身の剣に手を当て確かめると、黒絹の頭巾を頭から深く被る。そのまま脇に留めていた栗毛色の馬の背にひらりと飛び乗った。
一連の動作は手馴れたもので、音も気配も巧妙に消されている。
「アーサー」
囁き声にアーサーが振り向くと、日中の軍装のまま、ホークが渋面を浮かべて石壁の端から姿を表した。
「あんたか。悪い予感しかしないが…俺達の…予想通り、ということでいいんだな」
「……」
無言でそれを肯定し、シレジアの光の賢者は遠い宵闇の向こうに鋭い視線を飛ばした。
「あの方に、勘付かれずに後をつける事は不可能だ。どうするつもりだ」
「わかっているさ。まあ発想を転換してやれば何とかなる。”後をつける”んじゃない、”先”を行けばいいさ」
そう言ってアーサーは鐙で馬の腹を勢い良く蹴り上げた。高い嘶きが辺りの静寂を引き裂く。
「とりあえず後の始末は頼む」
そう告げるや否や、アーサーは薄い月明かりの闇夜に向けて飛び出した。
身を低く屈めて硬い赤土の道を駆け抜ける。
ルテキア城を出て南に続く道は、トラキアの細い山道としては珍しくやや開けた谷間の平地となっており、所々に生い茂る木々が小さな森を形作っていた。
暗い夜道を走る事に馬も慣れているのか、騎乗者も含めまるで闇に溶けた影の如く世界に馴染んでいる。
切り立った崖とまだら模様に点在する森が、冷たく肌を切る風と共に次々と視界の端を通り過ぎた。
一刻程も時が過ぎる頃。
アーサーが予想したとおり、ささやかな気配が、疾走する馬のやや後方、右側に現れた。そのままひたりと正確に彼らの後を追ってくる。
しばらく気にすることなく走り続けると、ややあって堅い調子の声色が風とともに耳に入った。
「どこに行くつもりだ」
視線を脇に落すと、気配も感じさせずいつの間に移動したものか、馴染みの顔が横並びで走りながら見上げてきた。
涼しげな顔つきにいちいち驚くことも馬鹿馬鹿しい。疾駆する馬と同じ速度で、生身で駆ける人間など、普通ならば考えられない。
それにアーサーは並外れた騎乗能力を有する騎手でもある。馬に乗った者でも、ついて来られるものは限られるというのに。
溜息をわざとそれと分かるように大きくついてから、アーサーは脇の人影に呼びかけた。
「いいから、とりあえず早く乗れって」
許可を受けて、ふわりと白い影が舞った。
重みを感じさせることもなく、セティはとさりと背後に身を落ち着かせる。
「このような夜に一人どこへ行くつもりだ」
そのまま詰問する口調が繰り返される。
(それはこっちの台詞だっつーの)
とは内心思うものの流石に声には出さず、アーサーはとぼけた調子で切り返した。
「ああ、まあグルティアまで、ちょっと、ね」
「……」
あからさまに怪訝そうにセティは沈黙を纏った。
事実、ルテキアより南下するこの道の先にあるものは一つ。広大な山脈に囲まれたトラキアの首都を要する大盆地、その狭き山峰の入り口に位置する難攻不落の要塞砦グルティアだ。
「アーサー、やはりおまえは…」
「やはりって勝手に納得しやがって何だよ。偵察ぐらいね、俺だって役に立てるさ。そういうおまえこそ何でこんな所に?」
「……」
「まあいいけどね。俺が遊びでふらふらしている訳じゃないってわかって安心してくれた?」
「…わかった。みなまでは聞かずにおこう。とりあえず私も力を貸す。ここから先は、敵の伏兵に警戒しなければ」
抑揚のない調子でそう言って、セティは後ろからアーサーの腰に手を回してきた。宙に浮くような不可思議な感覚とともに、風の抵抗が途絶える。
まるで夢の中を走るような現実感の欠如した奇妙な感覚。だが周囲の景色が流れるように巡り、幾分か速度も増しているのだということを視界が峻別する。
「こりゃあ、どうも」
礼を言うのも妙な気がしたものの、アーサーはおとなしく任せたままにした。互いの身体が触れあい、心音併さる不思議な温もりを感じる。
セティの囁きが、耳元をくすぐった。
「敵の気配は、ないようだ。このまましばらくは、危険はない」
夜天の月がそそりたつ崖に挟まれるように、中空に大きく浮かびあがる頃。突如として視界が開け広大な平地が眼前に広がった。
「!これは…」
慌てアーサーは馬影を浅い丘裾に寄せるように切り返し、走らせる。
そうしなければ、何も身を隠すものが無いほどに、平坦な赤茶けた大地が果てなく続いている。
そして遠い東の側、トラキア山脈の連なる、崖のように切り立った急な斜面の上に見えるのは。
「あれが、グルティア城か」
「おいおい、冗談。何て要塞だありゃあ」
丘の切れ目まで来たところで、アーサーは手綱を引き動きを止めた。偵察にはもう少し近寄り様子を伺いたいものだが、何より身を隠す場がもうないのだ。
遠くに薄く見える黒い人工的な影は、山間の僅かな隙間を埋める絶壁のようである。急斜面の遥か上に、石の城壁が高々と聳え、全てを拒むかの如く閉ざされた門が、威圧するように赤黒い月明かりを浴びておどろおどろしく鈍錆色に光る。
「……」
「城の足元に至るまで、まだ馬を走らせても半刻近い距離がある。こいつは…大挙して攻め込んだ所で、足元に辿り着くまでに皆石弓の餌食になっちまうぞ」
アーサーの言を裏付けるように、断崖の城壁には中に、上に、至るところから長距離射撃を行うキラーアーチの砲門が覗く。
「成程、これが難攻不落と名高いトラキアの門か。鉄壁の守備と言われるだけのことはある」
セティの淡々とした呟きに、アーサーは困り声で返した。
「…長期戦は必至だな。軍の疲労と、戦力分散の現状を考えると頭の痛い所だ」
「だが、幸いにも敵から討って出てくる様子は今はないようだ」
セティの言うとおり、身を隠す場もない門前の平地は裏を返せば敵の側にも当てはまる。北方より帝国の援軍が迫る現状では、南のグルティアの動向が案じられたが、守備に絶対的な地の利を持つ以上、攻め手に回るよりも堅く道を閉ざした方が有利になるのは確かなことだ。
いずれにしても、戦いが長期に及べば解放軍の命脈は尽きる。トラキア戦の布陣は、電光石火の短期決戦を意図したもので、元より進軍に無理を強いているのだ。行手を塞がれたまま、帝国やトラキア竜騎兵の援軍とやりあい続ける余力もない。
「……」
懸念に沈思するアーサーに、セティもまた同意するように沈黙で返した。しばしの間の後、そのまま身を翻し、馬上から飛び降りる。
「おい」
「必要な情報は得られた。アーサー、急ぎ戻りルテキアの前線部隊に伝令を」
「全軍、北より襲来する帝国の援軍に備えるように。セリス様達が合流すれば、私が居なくとも問題はないはずだ」
「何だって」
アーサーは、地に降り背を向ける友の姿に慌て声をかけた。
「おまえ、待てよ。いったい何するつもりだ」
「私はこの先に進む」
意を決したように、振り向きもせず。
勇者と呼ばれる風の導者は、感情を伺わせない声色で、信じられないような言葉を告げたのだった。
「これより、グルティア城を…攻略する」
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