ほしをつぐもの 前編















 あの人が帰ってくる。













 夜明け前。いつものように、起床してくる皆の為に、居間を暖めようと暖炉に薪をくべていたところだった。
 風が、僅かに震えるのを感じた。
 村の周囲に幾重にも巡らせた風の結界を、音もなく、誰かが、くぐり抜けた。







 ・・・あの人だ。







 それは確信。



















 高揚する心が抑えきれなくて、思わず時間も考えずに、母の寝室に飛び込んでしまった。
 
 案の定、母は起きていた。窓辺に凭れ掛かって静かに、しんしんとふる雪の音を聴いているようだった。
 転がり込んだ私の姿を見て、彼女は幽かに、微笑んだ。
「”あの方”が、来るわセティ。・・・準備しておきなさい。」
 ・・・帰ってきた、とは決して言わない。

 準備。・・・何の?

「・・・心の。」
 
 私の問いを見透かしたように返す母は、こうした時、いつも、まるで神託を告げる巫女のように、全てを知る者の眼をした。
 風を操る魔力を持つ訳でもないのに、恐らく私よりも早く、あの人の気配を感じとっているのだ。
「そうだ。何か、暖かい食べ物、用意しないと・・・。」
「必要ありません。」
 駆け出そうとする私を引き止めて。
「セティ・・・。あの方は貴方に用があるの。」
「え?」
 ・・・一瞬。
 聞き間違えたかと、自分の耳を疑った。
「すぐに発つことになります。さあ、部屋に戻って準備なさい。外は寒いから着るものに気をつけて・・・。」
 母は案じるように私を見て、再び窓の外へ視線を戻してしまった。
 どういうことなのか、わからない。
 ・・・けれど何も、問うべきではないのだ。
 私は、言葉を飲み込んで、ただ、静かに部屋を退出するほかなかった。















 慌てて部屋に戻ると、ホークが既に起きていて、少し驚いたように私を見た。
「何か・・・あったのですか?セティ様。」
「どうして?」
 努めて平常心を装っていたはずなのに。聡い彼は、私が答える前に、合点がいったとばかりに笑みを零した。
「・・・”あの方”・・・が戻ってこられるとか?」
「やめてくれ。」
 わざと、強調しながら、からかい声で覗きこんでくるから困る。思わず顔を背け逃げ出すと、背後で納得したような苦笑が漏れた。
「落ち着きのない貴方の姿なんて、年に数度も見られないですからね。」
 
 それにしても、どうしてまた、急に・・・。
 
 続けて呟く声が聞こえた。
 急に、というのであればいつものことだ。前にあの人が戻ったのは、丁度半年程前になる。
 ふらりとまるで気まぐれのように立ち寄り、すぐにまた旅立ってしまう。それは久しぶりに揃う家族の暖かい団欒とは程遠い時間。
 私や妹のフィーの姿をみとめても、あの人は話しかけてさえこなかったし、目も合わせることはない。
 ただ、母上と僅かに語り合うと、休む間も取らずすぐに、また、居なくなってしまった。
 今度帰ってくるのがいつになるのか、いや、戻ることがあるのかさえわからない。
 ・・・最後は、いつも、フィーが泣き叫ぶ声が館中に響き、私は声もなく立ちつくすことしか出来ない。
 
 そして恐らく、あの不思議な人について、唯一の理解者でありえる母は、瞳に哀しげな色を宿したまま、何も語ろうとはしないのだ。















 朝日が、雪の舞う銀世界を撫であげて、空気がきらきらと輝く様子が窓を通して見えた。
 
 ”あの人”は、私に用があるのだと母上は言った。
 
 とり急ぎ、外にそのまま出られるように身支度を整えて、厚い毛皮のマントを引っ張り出して階段室に出たところで。



 

 風が、扉を叩き、白い粉雪と共に館の中に、舞い込んだ。







 思わず、私は、息を飲んで固まってしまった。























「・・・おや、随分と、準備の良いことだな・・・。」
 あの、奇跡のように美しい声が、柔らかく響く。
「・・・レヴィン様・・。」
 母上は、既に寝着のまま階下に出ていた。
 小さなフィーが、母の後ろで、事情が飲み込めないとばかりに、眠たげな目を擦りあげている。
「フュリー、そんな格好では、風邪をひくだろう。」
 まるで歌うように流れる声に、母上は、大丈夫です、と静かに頭を振って。
 その、視線を交わしたほんの一瞬に、二人の間では何らかの意思の確認が交わされたようだった。
 あの人が僅かに肯いて。
「・・・少しばかり、”あれ”を借りるが・・・。いいな?」
 ”あれ”、のところであの人は顎を私の方へ杓った。
 母上は答えの代わりに、階中で立ち尽くす私の前に来ると、膝を折って、視線を合わせてきた。
「セティ。貴方を、信じています。貴方なら大丈夫。どうか自分を信じて・・・、負けてはだめよ。」
「母上・・・?」
 一体、何のことか、説明さえしてもらえなかったが。
 その言葉、強い視線。・・・何か自分が大きな試練に晒される予感に、身体が震える。
「陛下・・・。」
 階段室に出てきたホークの声が後ろから聞こえた。私の方へ案じるような視線を投げかけているのがわかる。
 大丈夫だ、と目で返して。ゆっくりと階下に降りると。
「ついてくるがいい。」
 館の中に足を一歩も踏み入れることなく、あの人は踵を返した。
「父上!・・・一体どこへ?」
「来ればわかる。」
 慌てて追いかける私の後ろで、また、フィーが声をあげて泣き始めている。
「ここに、戻って・・・来るのですね?」
 叫ぶように、後ろ姿を追いながら問いかけると。
「3日もあれば戻れるだろう。」
 今度はきちんと答えが帰ってきた。
 ・・・家族を振りかえりもせずに。私を見ることもなく。
 天より舞い落ちる雪の結晶よりも冷たい、冷めた声が虚空に響いた。

「・・・お前が、生きていれば、の話だがな。」





























 降り積もった深雪は、子供である私の腰よりも高く。
 道無き道を、あの人の背を追いながら、必死の想いで掻き分けて進んでいた。
 走っては転びの繰り返しで、全身雪まみれだったが、少しの寒さを感じる余裕もない。
 やっと、捉えたあの人の後ろ姿を、失うまいと。
 必死に走り続けたが、雪の障害を感じさせずに歩む背中は、見かけ以上の早さで遠ざかっていく。



 まるで幾度も見た夢のようだ。


 私がいくら走り続けても、距離は決して縮まらず、あの人は振りかえりもせずに去ってしまう。
 私は哀しくて哀しくて、最後は駄々をこねる幼子のように泣き叫ぶことしか出来ない。
 無力な自分を思い知る。唯一つ、欲しいものに、近づくことさえ叶わずに。
 指の間から零れて、融け消える粉雪のように、最後には、失ってしまうのだと・・・。



「いやだ!父上!待って!」
 たまらず、叫んだものの、陽炎のような後ろ姿は、もう遥か遠くに小さくなっている。
「待って!父上!」
 懇願が届くことはなく。
 消えてしまった姿を追って、当所も無い荒野を進むほかなくなった。











 やがて森に入り、峡谷を抜け、ごつごつした地肌を随所に覗かせる岩山に至る頃には、陽は既に中天にさしかかっていた。
 雪だけが残している足跡を辿り、全身の感覚を研ぎ澄ませて、僅かな風の流れを追う。
 息も既にあがり、足も疲労を訴えていたが、それを苦にするどころではなかった。


 どれほど進んだろうか。日の方向と体感距離を考えれば、恐らくここはトーヴェ河の中流域から東南に数刻ほどの距離。
 入り組んだ山岳地帯は、人を寄せ付けず、春になっても溶けることのない厚い氷の壁が、幾重にも連なって侵入者を拒んでいる。
 朝から歩き通しで、雪の中を掻き分けて進んだ身体が、遂に思うようには動かなくなって。
 一息、立ち止まって、皮の手袋を取り、すっかり冷えきってかじかんだ指先に吐息をかけた。
「ちちうえ・・・。」
 どうしてあの人は、このようなところへ私を導くのだろうか?
 置いていかれたことよりも、ついていけない未熟な自分が哀しくて仕方がない。
 あらゆる努力も、何もかも。本当は。唯一人に認めてもらいたいが為にしてきたことなのに。
 このまま、ついてこられなかった自分を見放して、あの人がどこかへ永遠に去ってしまったとしたら・・・。
 ・・・瞬間、湧きあがった不安な想いに泣きたい気分になった。
 こんな情けない姿なんて、誰にも見せられないけれど。
 自分で自分の肩を抱きしめながら、私は、濡れそぼった子犬のように、雪の中で小さく震えた。







 その時だ。







 頭上で、風が雪を巻き上げて渦となって走り、鋭く大気を切り裂くような鳴き声が辺りに響き渡った。
 そして見上げた私の目には、・・・信じられないものが映った。


 飛竜だ!



 白銀の、しなやかな流線美を描く身体を陽光の中できらめかせながら、巨大な翼が広げられると、風に巻き上げられた雪片が吹雪のように舞った。
 知識の中でしか知りえなかった存在。・・・元来飛竜は、大陸でも南の地域に生息し、乾燥した山岳地帯の気候と風土を好むものだ。
 この、北の極寒の地。シレジアには存在しえないはず。
 はぐれ飛竜?・・・いや、それにしても・・・。
 白く美しいその姿に一瞬見とれてしまった。
 逆光となって輪郭をにじませるその巨大な存在が、私の姿を捉えた次の瞬間。
 周囲の地面が。降り積もって締め固められた雪の層ごと、深く抉れて、飛び散った。








 
 間一髪。
 宙で反転して体制を整え、少し離れた小丘の上に私が降り立つと。獲物を捕え損ねたと知った飛竜が、起きあがり、首を巡らせて唸り声をあげた。
 
 どうする?逃げられない。・・・戦うしかない。
 
 身体を動かさずに、目だけで周囲の状況を計り、呪を口には出さずに風を紡いで印を結ぶ。
 野生の獣どころではない。しかし勝機はあると判断した。
 風の刃は空を飛ぶものに強い。だが一方で、もし、一撃でも鋭い爪を食らえば、そこで、終わりだ。
 左手を前に突き出して虚空に印を支えると、右手で横投げに球を放るように大気を掻いた。
 瞬間、轟音と共に炎が帯状に雪面を走り、驚いた飛竜は空高く舞いあがった。
 詠唱をせずに魔法を発動してみたが、うまくいったようだ。
 もうもうと、辺りには、水蒸気が立ちこめ、飛竜が熱風を避けて身動きの取りやすい氷壁の谷側に移動したのを確認して、次は声をあげて詠唱に入った。
 失敗は出来ない。
 飛竜は間を置かせずに、狙いを定めて、鋭い叫び声と共に急降下してきた。
 ・・・ぎりぎりまで引き寄せる。詠唱の後半部が間に合わなかったので、慌てて呪を短く組み変えた。
 眼前に迫った鋭い爪が一閃するのを、翼がおこした風の渦を利用して紙一重でかわし、そのまま懐に飛び込む。
「エルウィンド!」
 突き出した両手の先を中心に、扇状に真空の刃が広がり。キン、という風鳴りと共に、飛竜の左翼の付け根を鋭く薙いだ。
 裂くような鳴き声がこだまする。
 白銀の飛竜はそのまま宙でもんどりうつと、氷谷の底へ舞い落ちていった。















 辺りが静けさを取り戻したのを確認して。あがった息をゆっくり整える。
 掠めた爪が、厚いマントを切り裂いてしまったが、幸い怪我はしなかったようだ。
 それから、周囲を見渡して、思わず、あ、と声を上げてしまった。
 前方の、大きく谷からせりだした氷壁の脇に、人影が見える。
「父上!」
 転げるように駆け寄った。
 見て、いたのだろうか。いつから?
 白い息を軌跡に残して、父のもとに辿りつくと、疲労もあってか足が身体を支えきれなくなって、ぺたんと雪の中に膝をついてしまった。
「父上・・・。」
 良かった。また会えて。
 見上げる私を、冷たい紫玉の瞳が静かに見返してきた。
 あまり、この人の瞳を正面から覗きこむ機会がないから、つい、恥ずかしくなって、下を向いて雪の中に顔を埋める。
「・・・申し訳有りません。遅れてしまって・・・。」
「成程。もう少し、手間取るかと思ったが。」
 ・・・え、と顔を上げると、先程の抉れた地面に向けて、ちら、と目をやる様子が見えた。
 やはり、見ていたのだ。私が白銀の飛竜に襲われる所を。
 助けてはくれなかったのか、と一瞬考え、直後、自分で自分の甘い考えを打ち消した。
 試されているのだ。明らかに。
「・・・父上!血が・・・。」
 ふと見ると、父の左手中指の付け根辺りから、赤い筋が伝っている。
 ライブをかける程大げさではないが、気になってその手を取ろうとして、払われてしまった。
「あれは、風の神殿の守護竜だ。」
「神殿?」
「お前の試練はこれからはじまる。・・・覚えておけ。もしも、私の期待を裏切るようなことになれば・・・。」
 美しい声はいつだって、残酷で容赦のない言葉を調べに乗せるのだ。
「死より他に道はないことを。」

  ・・・力の無い”道具”など、必要ない。
 
 そう言って、あの人は再び背を向けた。
 左右からせり出した、氷壁の森の先に、小さな洞穴が暗い穴を開けているのが見えた。

























 氷壁に覆われた神殿の内部は、それでも外界よりは寒くない。
 むしろ、暖かい風に満ちていた。
 父を追って神殿に足を踏み入れた瞬間、奥から何か巨大な力の波動を負圧として受けた。
 
 ・・・こんなところに、こんな場所があったなんて。
 
 大人が一人、通れるほどの通路をしばらく進むと、突然、視界が開けた。
 王都の神殿程壮麗ではないが、きらきらと半透明の氷の結晶が光る、幻想的な美しさに満ちた空間だ。
 しかし、私はそれに目を奪われるどころではなかった。
 中央の祭壇に、風の結界に護られて、浮遊する一冊の魔導書。


「・・・!フォルセティ!」
 
 間違えようもない。その比類なき強大な風の力。
 その継承者の証たる、私の左手首に刻まれた聖痕が、魔力に共鳴して熱く疼いた。
 父が、自分をここに導いた理由が、わかってしまった。

「父上!何故この魔導書がここに?」
 私は、その恐るべき神魔法は、父がその身に宿しているのだとばかり思っていた。
 既に手放していたなんて・・・。どうして、その必要があったのだろう。
 幾つもの疑問が頭の中を巡る。
「私がこの魔導書をここに封じたのが4年前・・・。もはや時を待つ余裕はない。」
 父は祭壇の前で振りかえり、厳しい目で私を見据えた。まるで神器の守神のように、同質の風をその身に纏っている。
「さあ、継承の時だ。セティ。」
 名を呼ばれて。私は、導かれるように、ふらふらと祭壇の前に進み出た。



 本来ならば。
 王家のしきたりでは、神魔法の継承は、成人してからとされている。
 それは何もシレジア王家に限ったことではない。
 炎神ファラの力を継ぐ、グランベルのヴェルトマー公爵家も。
 同じく雷神トードの力を継ぐ、フリージ家も。
 神器の継承は最低でも、成人を迎えてからと決められていると聞いた。
 その理由は簡単だ。他の神器、つまり剣や槍に力が宿るそれと異なり、神魔法は術者自身に宿り、その身体を媒介とする力だ。当然、その力を受け止められない、未成熟な身体や能力では、継承は継承者自身の身を破砕するものとなってしまう。
 実際には、大抵の場合、前代の継承者がその力を手放そうとしないから、神魔法の継承は遅れるものだ。人の身を恐るべき兵器と変えてしまうその力は、それを継ぐものがいかなる人物であるかで、歴史まで変えてしまう。
 大陸の勢力図さえ変えてしまう、12の神器の存在。
 父がその力を行使して最後まで戦っていれば、帝国に屈従することはなかったのだと、憤懣を露にする民の姿を幾度も見てきた。
 民の血を流すことを選ばずに、誇りを売った父。その選択に対して、私は他の多くの者が思うのとは違うところで、疑問を感じている。
 
 この人にとって、国を滅ぼしたあの選択は、一つの小さな手段にしかすぎなかったのではないか・・と。







 吸い寄せられるように魔導書に近づく。
 風の結界は、力の継承者たる私を拒みはしない。
 
 でも。
 
 冷静に考えて、正直に、今の自分が神器の強大な力を受け止められる、という自信がない。
 期待に応えられなければ、死ぬより他にない、と父が冷たく言い放った言葉が脳裏で響く。
 私のことを”道具”だと言った。使い物にならなければ。捨てられる・・・。
 
 それに、何より、この人が、見ている目の前で逃げ出すことなんて出来ない。
 もしも、自らの命を賭けて、継承に成功したならば。

 少しは、認めてくれるだろうか。・・・私のことを。








 一瞬の逡巡のあと、迷いは完全に断ち切れた。
 魔導書に触れようと手を伸ばしたその瞬間。
 暖かい風を纏っていた神器が、私に向かって牙を向いた。
「っ痛!」
 鋭い風の刃が、私を拒絶し、触れることもかなわずに、切り裂かれた手から血飛沫が飛び散った。
「・・・ちちうえっ。無理です。さわれな・・・っ。」
 受け入れる以前の問題で、さすがにどうすべきなのかわからずに、助けを求めて振り返る。
「やはりな・・・。まだ、無理か・・・。」
 冷たい瞳に身体が震える。手の痛みよりも、この人に拒絶されることが怖い。
「仕方がないな。ならば力づくで受け入れさせよう。・・・少しばかり手を貸してやる。」
 言葉と共に手が振り上げられた。瞳の紫玉の輝きに、一瞬、吸いこまれそうになって。
 
 私は全身の力を失って、場に崩れ折れた。
 
 術をかけられたのだ。目に見えない鎖に縛りつけられたかのように、指の一本たりとも動かせなくなってしまった。
 声すらあげることが出来ない。
 見開いた私の目の前で、父の手の動きに従って、魔導書が淡く碧い光を放つ球体へと姿を変えたかとおもうと。



 



 動かないはずの身体が、その衝撃に跳ね上がった。



 凄まじい衝撃が電流のように全身を巡る。
 一度は弾かれて離れたその光は、今度は、ゆっくりと私の上に覆い被さって来た。






「・・・・っあ!!あ!」
 口から、もはや声ではなく、絞りだされた悲鳴が漏れて出た。
 強大な力が物理的な負圧を伴って、私の中に入り込もうとする。
 全身の骨が砕かれるような、みしみしという音が頭の中で響いた。
 ず、と光が身体の内側に入り込んだかと思うと、今度は全身を引き裂かれるような痛みが襲う。
「抗うな。お前はその力の行使者にして、風の支配者となる者。同調するのだ。」
 必死で、風を受け入れようと、試みてみるがどうにもならない。
 無理だ。苦しい。痛い。・・・父上!
 生理的な涙が、苦痛を訴えられない言葉の代わりに、とめどなく流れた。
 どうすればいい・・・。どうすれば?
 あまりの痛みに思考すらままならなくなる。
 僅かでも気を緩めれば、身体が砕けて散ってしまうのがわかった。
 しかし視界の端では、再びあの人が容赦なく手を振り上げるのが見え。


 光が、無理矢理に、私の身体に捻じ込まれて、消えた。












 気を失っていたのは、ほんの数瞬だったようだ。
 開いた自分の目が、乾ききらない涙で潤んでいるのがわかった。
 冷たい紫の輝きが私を見下ろしている。
「生きていたか。運が良かったな。・・・ショック死するかと思ったが。」
 冷酷な言葉を乗せる声も、冷たい視線も、それでも今は、まるで救いを与えてくれる天使のように、美しく感じられた。
「ちち・・・うえ。」
 自分でも、良く、自分が生きていると思う。
 身体を動かそうとして、再び全身を強烈な激痛が襲った。
 大いなる力が、制御されきれずに暴れている。
 私の身の内を、ずたずたに、切り裂いているのだ。
「・・・っ!・・ごほっごほっ」
 口から、大量の血を吐き出してむせこむ私に、手は差し伸べられない。
「治癒の術を自分にかけろ。そのままでは死ぬぞ。」
 痛みで朦朧とする意識を、どうにか集中させる。
 言葉を発して詠唱する力も、呪を描く気力もなく、頭の中だけで印を組んだ。
 意思の力だけで、どれほど魔法が制御出来るかしれなかったが、少し身体の痛みが和らいだ気がする。
 裂かれた内臓の部分だけを、うまく治癒出来たようだ。
「これで一つ目の山は越えたが、あと二つ、お前は試練を乗り越えなければならない。」
 
 ふわり、と。突然身体が宙に浮く感覚に戸惑った。
 父上が、私を、抱き上げたのだ。
「裏手に巫女用の寝所がある。そこまで、連れていこう。」

 ・・・暖かい。

 身近に体温を感じて、例えようもなく、安らいだ気分になった。
 大好きな人の、顔が間近に見えるから、ぼう、としたまま見とれてしまう。
「フォルセティの魔力を制御するには、ゆうに二晩は必要だろう。試練とは身を切り刻む物理的な力との闘い。二つ目は、魂を食らう意思との闘い、だ。」
 流れるような言葉。
 
 ・・・あと二晩も。
 
 この気が狂いそうな激痛が続くのだろうか。

「・・・ちちうえは?」
「・・・?」
 珍しく、私の問いの意味するところがわからなかったようで、問うような視線を向けられた。
「・・・どこにも、行かない?」
 身体に力が入らないから、どうしても声が細くなってしまう。
 
 





 恐る恐る聞いた言葉に。ふ、と一瞬、口元だけで、あの人が、笑った・・・気がした。






「・・・あと二日。継承の結果は見届けるつもりだ。」

 そうか。

 ・・・なら、大丈夫だ。

 父上が傍にいてくれるなら。
 ・・・ずっと、この人が傍にいてくれるなら。
 私はフォルセティの力の継承を、必ず成し遂げられる。

 何だって出来る気がする。




















 ・・・そっと。



 気付かれないように、頭を胸元に擦り寄せて、甘えてみた。










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