修了旅行記 後編
3/ 5/02〜 3/ 8/02
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3/5 火曜日 5日目
7時半起床。終日雨。
雨なのに花粉症の症状がひどい。くそう。
今日は四国最西端、佐田岬を目指す。朝、宇和島市外を抜けようとしたところでこの旅行で初め
ての渋滞に巻き込まれる。市内に入るほうが渋滞するならわかるが、何ゆえこちらが渋滞するのか。
不思議に思っていたが車が進むとその疑問は氷解した。わずか300メートルほどの間に、お互いにま
ったく無関係な二つの事故が起きていた。3台の玉突き事故と2台の正面衝突。車って怖いなあ。
そういえば今までは車中に繰り広げられていた2ちゃんねる用語を今日は禁止してみた。エック
スボックスをエクースボクースとか変形したり「ん」を全部「そ」に変えて発音したりするのが2
ちゃんねる流(前者はもともと「おっぱい」を「おぱーい」と言っていたのを他の言語に応用した
もの、後者は「ン」と「ソ」が字形的に似ているための変形)。想像すれば容易にわかるように、
こういうのがあまりに繰り返されると少々うざったいので。
たまに自分でもそういう発音をしてしまうのがやや鬱。
実は今日も俺が運転する予定である。佐田岬に入ってからの道は比較的まっすぐで広いから練習
に向いているだろうとの配慮。ありがたいことだ。が、雨によりその胸躍る計画は水泡に帰するか
と思われた。
しかし、神は我が味方であった。海沿いを北上して行くうち、いつのまにか雨は上がったのであ
る。
などと回りくどく書くのはヤメだ。結局佐田岬の入り口で立ちこめた濃霧により我が運転は取り
やめとなった。ち。
まあよい。命が大事だ。
濃霧は佐田岬半島の全行程にわたって我らが前に立ちふさがった、らしいのだがほとんど不貞寝
していたのでよくわからん。途中で買ったチャンピオンは烈海王の「わたしはかまわんッッ」に全
力で燃えた。
佐田岬。まさに突端。室戸岬や足摺岬はけっこう太いというかどこが先端かわかりにくかったの
であるが、ここはその地形全部が「ここが最先端だ」と圧倒的に主張している。遠くには大分県、
手前の豊後水道には漁船にフェリーにタンカー船たちがなかなか素敵な眺望をなしている。どうや
らここは陸軍の砲台があった場所であるらしい。砲座を置いたと思われる穴倉が岩肌に多数見られ
た。
なかなかの見所である。駐車場から灯台のある先端まで、1.5kmほど滑りやすい道を歩かねばなら
ないのが唯一の欠点であるが、車ばかりの道程でなまった体をほぐすにはちょうどよいとも言える。
惜しむらくは土産物屋はおろか人のいそうな建物が皆無であることか。
感心したことはこんなところでも携帯のアンテナが3本立ち、電気も通っていたことだ。まった
く、人間の活動のすごさを見せ付けられた気がする。どっかの政治家が献金目当てに無駄な工事を
したとも考えられるが。
白く塗りつぶされた視界の中を松山市へ。今日の宿はかんぽの宿。
到着、チェックイン後、道後温泉へ。とは言っても温泉ではない。宴会である。この面子は同じ
高校から同じ大学に進学し、同じ大学院を卒業した。そのおめでとうパーティーである。
…メニューに「伊予地鶏の〜」とか「伊予牛の〜」とかあって期待したのだがどーもピンと来な
い。どこ産であろうと所詮おなじ畜生か。だが地ビールはえらくうまかった。
で、宴会費は5000円なり。そろそろ財布が軽いぞ。やべぇ。
で、宿に戻って風呂入って寝た。マリオパーティ2で圧勝。気分がよい。
3/6 水曜日 6日目
プラムちゃん萌え。
↑マリオゴルフに出てくるキャラクター
この可愛さは何事か。黒髪ツインテールにベビーフェイス。ちょっとおしゃまな4頭身。パー、
ボギー、バーディ、いずれのスコアでも最高の萌えリアクションを量産。声も上質。俺を萌え殺す
ために任天堂が遣わした最終萌え兵器かこの子は。
あ、バーディ。
プラムちゃん喜びのリアクション。
萌え。激しく萌え。
…………はっ。
しまった。宿についてからのマリオゴルフの感想を最初に書いてしまった。いや、リアルタイム
でやってるもんだから。仕切りなおしで今日の朝からの分を書こう。
7時45分起床。曇りのち晴れ。風強し…ってか暴風。この暴風が地獄を見せてくれた。
あ、イーグル。
プラ(略)ョン萌えぇ!
いかん、この子の萌えは雑想を破壊しかねん。ラウンドが終わるまで書くのは延期だ。
さて、しきりなおしで今日の行程。
……とは言っても、松山のかんぽの宿を出てすぐにサンデーとマガジンと月刊マガジンと月刊ジ
ャンプを買って車中で読んでいたので書けることは今日のメインイベント、しまなみ海道サイクリ
ングだけである。
あ、いや、もうひとつあった。昨日の2ちゃんねる用語禁止令に続き、今日の車中では葉鍵用語
禁止令を出してみた。そのつもりはなかったが、後から考えるとほとんど個人攻撃に近い。誰とは
言わんが。
と、禁止令を出しておきながら最萌トーナメントの結果が気になり、きよ君にメールしてしまっ
た。自ら禁止令を破ってしまった敗北感で沈む。
さらに、きよ君からの返信はさらなる衝撃をもたらした。みさき先輩敗退。神は死んだ。
さて、しまなみ海道サイクリング。
しまなみ海道の詳しい説明はしまなみ協議会のホームページで見てもらうこととして、簡単に書
けば瀬戸内海を愛媛県の今治市から広島県の尾道までを渡す橋の上を自転車でサイクリングしたわ
けだ。とりあえず無断でもらってきた地図は下の通り。
時間的制約のため、実際には今治から見て最初の島、大島までしか行かなかったのであるが、そ
れでも20kmくらいのサイクリングである。空は快晴、絶好のサイクリング日和。車の移動に慣れた
体にはちょうど良い運動であろう。
……風さえなければ。
そう、先に書いたが今日はとてつもない強風が吹き荒れていた。橋上の吹流しが真横になびいて
今にも吹きちぎれんとするほどの暴風。橋脚が、橋を支えるワイヤーが、強風でビンビンと甲高い
音を奏でている。台風の日に電線が鳴っている音を10倍ほどにしたのをイメージすれば丁度よかろ
う。
風向きは南から北。行きはよかった。上り坂でさえほとんどペダルをこがなくてもすいすい進め
た。調子に乗ってペダルを全力回転したら、自転車で自分が出したことのある最高速度を余裕でぶ
っちぎった。
眺めはさすがによい。海上50mほどか。瀬戸内海を一望、遠く近くに見える島々とその間を行き
交う船。強風による海面の異常な泡立ちを除けばいたってのどかにして壮大な景色。サイクリング
ロードには最高であろう。
そして渡った大島では吉海バラ公園という公園によったがこんな時期にバラが咲いているはずも
ない。むなしく枯れ果てたバラ園は、いっそただの空き地のほうがまだマシであろうというほど寒
々しく荒れ果てていた。
なんのために来たのやら…と思いつつ、食堂があるというので昼食をとる。と、メニューにばら
ソフトなるソフトクリームがあることに気付いた。おお、出た、ご当地ソフト。これは食べねばと
注文して出てきたソフトクリームは、バラの香りこそするもののいたって普通のピンク色ソフトク
リーム。うむ、この素材の意味ナシ感こそがご当地ソフトの醍醐味。大満足。
後日調べてみたところ、しまなみ海道沿いには多数のご当地ソフトがあることが判明。ばらソフ
ト、伯方の塩ソフト、オレンジソフト、紫いもソフト、いよかんソフト、レモンソフト、はっさく
ソフト、ラベンダーソフト、ほうじ茶ソフト。全部回れなかったのが残念だ。
まあ仕方がない。今回はばらソフトだけで勘弁してやろう。リメンバーしまなみ。俺はまた来る。
ソフトクリームを食いに……ひそかに誓いつつ、帰途につく。
…行きはよいよい帰りは怖い。帰りの行程において暴風はまさに暴力となった。しかも、風に間
隙がほとんどない。橋の上には遮蔽物などないも同然。常に強烈な向かい風にさらされながらのサ
イクリング。まともに目を開けていられん。
……下り坂というのはこれほど必死でペダルをこがなければ進めないものだっただろうか?まし
てや上り坂などは全体重による全エネルギーを両足にこめなければ進めないではないか。
必死で進んでふと目を上げる。まだ橋の中ほどまでも進んでいないことを知ったときには「ああ、
ここで死ぬんだな」と本気で思った。もはや乾ききった笑いしか出てこない。
が、俺はまだよい。自宅と最寄駅の往復(大きな坂もある)に毎日自転車を使っているので乗り
なれているし、同行者の中では一番体力もある。よこた君は橋の上にさしかかるや我が背後に回っ
てスリップストリームを利用(ものすごく有効であることが体感できたらしい)。まつなが君は自
転車を降りて歩いていた。
へろへろになりながら今治に帰還。最後にちょっとだけあった順風の下り坂では、ペダルをこが
なくても自転車が加速することに感動した。お土産を買って出発。
車中では漫画の続きを読む。
木多康昭の「代表人」に笑い転げ、皆から白い目で見られるが、阿波池田のかんぽの宿に到着し
てから皆に読ませたところ全員大爆笑。心から納得してもらった。
藤沢とおる(GTO)がしょっちゅう休載していたのを「大人の事情」としながら、「作者急病
のため休載いたします」という定番記事の内幕を「本当は逃げ…」と暴露しかけ、直後あわてたか
のように「病気だったんだよ!!」と大文字で言いなおしてとどめを刺す。ついでに富
樫義博までドサクサにまぎれて書いてあるあたり、確信犯っぷりがステキ。
残念ながら捨ててしまったが、もしこの号が手に入ったら速攻でスキャンして掲載しよう。
阿波池田のかんぽの宿は山の上にあった。宇和島のかんぽの宿も同じく山の上。高いところが好
きらしい。車ならともかく、歩きでは来たくない。「普通よりはるかに安いから不便なところにお
いて民間宿泊施設と競合しないようにしているんだろう」というのはまつなが君の冷静な分析。
で、マリオゴルフにて萌え。プラムちゃんをおおいに愛でる。
続いてこれを書きながら、今日が最後の宿なので自宅から持参した日本酒を空けようと皆で回し
飲み。一升瓶がほぼ空になった。心地よく酔って寝る。
3/7 木曜日 7日目
7時30分起床。1週間連続でこんな時間に目が覚めたのは6年ぶりではなかろうか。つまり高校
時代。それでいいのか大学生活。
宿代を払ったところで財布の残額が800円ちょっと。これではロクに飯も食えん。が、銀行も郵
便局も記憶によれば残高はほぼゼロ。秀王ちんぴんち。これは借金もやむなしか、と半ば覚悟を決
めつつ、普段はどんぶり勘定でしか把握していない預金残高の詳細計算を脳裏で行う。いつもは切
り上げて処理してしまう1000円未満の出費を列挙。過剰に計算していた分を合計すると………郵便
局なら3000円くらい余っている可能性がある。
郵便局に寄ることを決意しながら車に乗り込む。
今日は強行軍。まずは南下して小歩危・大歩危(こぼけ・おおぼけ)の奇岩鑑賞。川岸を埋め尽
くす奇岩の山。いったいどうやったらあんな地形ができるのか、大いに不思議である。
ここは川下りの船乗り場以外、ろくな観光施設がない。川岸の奇岩が見ものなのだから川に沿っ
て遊歩道くらいあってもよさそうなものだが。つまりこれは観光したかったら船に乗れということ
か。世の中は貧乏人に厳しい。社会の真理を学んだ。
大歩危を離れ、四国の山深くに続く国道を東進する。目的は祖谷(いや)のかずら橋。祖谷渓谷には
かずらで作られた橋が現在3本残っている。西祖谷に1本、奥祖谷に2本。800年前にこの地に逃
れた平家の残党が必死こいて作ったとか。奥祖谷の2本は近接しているため二重かずら橋と呼ばれ
ている。詳しくはリンク先を参照。
まずは西祖谷のかずら橋。おおおすげぇ。よくこんなところにこんな橋をこんな材料で作ったも
のだ。その長さといい水面からの高さといい作りの密さといい800年前に作られたものとは思えん。
いや実際何年かに1度作りなおされているのだが、それはそれとして感動。この手作り感がなんと
も素晴らしい。
補強のために入れられたワイヤーがやや興ざめなのと、渡橋料として500円取られるのがやや不
満ではあるが、これは一見の価値がある。
と、十分満足して車に戻る途中、ここでもありましたご当地ソフト。その名も「そばソフト」。
いやー、今更だがなんでもありだな、ご当地ソフト。てかわざわざ商品にするような代物か、これ。
食いたいのは山々であったが残金300円という厳しい財政のため涙を飲んで見送り。このほかに
も鮎の塩焼きが売られていて大いに食欲をそそられたが我慢。観光客の食べ残しを狙っているのだ
ろう、売り場の横で丸まっている猫を愛でて悔しさを紛らわす。
そういえば、四国は猫が多かった。足摺岬や四万十川の休憩所、道の駅などに4、5匹固まって
人間のおこぼれを狙っていた。猫天国、四国。
次に向かったのは奥祖谷の二重かずら橋。その道のりは険しかった。四国最狭酷道…もとい、四
国最狭国道と名高い国道439号線(通称与作)を進んだ先にあるのだが、さすが最狭の名に恥じぬ
険しさ。見える風景は「谷、道、崖」。道の片側は急な谷、その反対側はそそり立つ岩壁である。
路上には落石がふんだんにちりばめられ、数百メートルおきに立っている「警笛ならせ」の標識と
ともに通行車を威嚇してくる。これは本当に国道か。
と恐怖しつつ谷の反対側を見ると、数kmおきに激しい土砂崩れの痕跡があった。おそらく数年に
一回くらいはこっち側も土砂崩れを起こして通行止めになるに違いない。恐るべし、与作。
途中、郵便局を発見したので車を止めて残高を確認。3048円。ビバ郵便局。意味不明。
狭い道をひいこら進む(主に運転者のかめ君が)こと1時間、ようやく奥祖谷に到着。
結論として、来た甲斐があった。1本でもすげぇと思うかずら橋が2本並んでいる様は見事の一
言につきる。行き届いたことに、2本の橋に平行して渡し籠があって、2本の橋が並んでいるのを
真横から見ることができる。単純にビジュアル的にいっても西祖谷より上。
蛇足ながら、渡橋料を払う料金所はここにもあったがこちらは係員がいなくて払わずに済んだの
が個人的にはありがたかった。西祖谷のかずら橋は一方通行で1回しか渡れなかったのに対してこ
ちらは渡り放題だったのもポイント高し。
さて、車はさらに439号線を進んで突き当りを北上、讃岐山脈を超えて香川県に入った。目指す
は満濃池。日本最大の溜め池である。
溜め池というのは年間降雨量の少ない瀬戸内地方に多く見られる農業用水池で、この満濃池はそ
の中でも最大のもの。なんでも弘法大師が指揮してつくったとか。田畑より高い位置に、水圧に耐
えるような構造と強度をあわせもつ堤を作るのだから大したものである。ただの池とはいっても中
々に高度な建築技法がさりげなく使われているのが理系人間にとってはステキ。
期待しながら到着……「国立まんのう公園」?駐車代金に入場料まで払え?なんだこれは。
なんと満濃池の北岸がすべて整地され、広大な公園となっていた。こんな人の来なさそうなとこ
ろにわざわざ公園をつくるとは。思いっきり税金の無駄使いだ。
「ぜってぇバブル期の遺産だぜ、これ」「これで政治家が私腹を肥やしたんだろうなぁ」など
とブラックな会話を交わしつつ入園。園内にはあちこちに意味不明のオブジェやら遊具やらがあっ
た。まるで箱根彫刻の森美術館のできそこないのようだ。マジで腹立ってきた。
とりあえず園内の遊具を遊び倒すことを決意、実行に移す。
……楽しい。つい童心にかえってしまう俺。心はいつでも若者である。…ちと違うか?
まあよい。とりあえず入園料のモトは取った気分になれた。しかし、見かけた人間は子供連れの
家族が2組とカップルが1組だけ。平日の昼間とはいえ少なすぎだ。こんな公園を作るくらいなら
都市のバリアフリーでも推進しやがれ。
なお、「展望台」と名づけられた丘の上からは木々に邪魔されて満濃池がほとんど見えなかった
ことを怒りとともに付記しておく。
次に琴平の金刀比羅宮へ。「こんぴらさん」の総本山の古刹である……あれ?寺じゃないから古
刹とは言わないのか?
琴平は見るからに門前町であった。参道の両側に立ち並ぶ土産物屋の軒先には、名物の長い階段
を登るための杖が売られているのが印象的。そしてここでも発見、ご当地ソフト。四国旅行の最後
を飾るソフトクリームは「しょうゆソフト」であった……んな無茶な。
帰りに食べることにして先に進む。
山門をくぐると長い石段が立ちはだかる。どこまでも続く登りの参道の脇には「金壱百萬円」な
どお布施の額と寄進者の名前を記した石碑が立ち並んでいる。息を切らせながら高さ2mはあろう
かという石碑の列を見ていると、「んな金何に使っているんだ」と貧乏人の僻みにも似た怒りが込
み上げる……いかん、疲れで心の貧しさがむき出しになっている。
とりあえず本殿前にいるであろう巫女さんの姿を思い浮かべて心の平穏を取り戻す……うむ、少
し落ちついてきた。おおそうだ、せっかく来たのだからなんかお守りでも買うこととしよう。先ほ
どから道端に「幸福の黄色いお守り」というパクリ風味満点のお守りが広告してある。これでよか
ろう。
そして辿りついた本殿。ふむぅ、立派だ。よくもまあこんな山の上にこんな立派なものを建てた
ものだ。信仰心とはかくも偉大なものか。
……お、巫女さん発見。お守り売り場で売り子さんをしている。癒され度60%。できれば竹箒で
境内を掃除しているところを見たかった。脳内補完で癒され度100%。
「巫女さんはいいねぇ」とよこた君に問い掛けるも「赤い袴じゃなきゃ巫女さんじゃねェ」と
漢(おとこ)っぷり全開の返事。そういえば、よく見れば袴が紺色。チェックの細かさによこた君
の矜持を見た。……人としてどうか。
さて、それではお守りを……と思って売り場を覗くと目に入ったのは畳2枚分ほどの枠に敷き詰
められた黄色い巾着。ありがたみのカケラもねェ。800円という高額もあって買う気が完全に失せ
た。
文句ばかり書いているが満濃池と違ってこちらは見所満載であった。建物もさることながら、い
ろんなところから奉納された物品が見ていてユカイだ。金刀比羅が海の神様を祭っているだけあっ
て船に関するものが多い。今治造船所から奉納された船のスクリューや太平洋を無寄港横断したボ
ートなど、そのビジュアル的に場違いっぷり満点でステキである。楽しい。
帰り道、待望のしょうゆソフトをかめ君が買ったので一口食す。
ぱっと食べるとなんの変哲もないソフトクリーム、後口にしょうゆの香りが残るという微妙すぎ
る味わいといい、その素材の根拠レス度といい、今回の旅行におけるご当地ソフトの中では最高の
一品である。まさにキングオブご当地ソフトin四国。謹んでこの栄冠を進呈する。
次に向かったのは坂出の瀬戸大橋がある岬。
真下から見る瀬戸大橋は恐るべきデカさ。日本最大の建造物じゃねぇのかコレ。もう言葉にする
のがバカバカしいくらいデカかった。
あまりのデカさに異常興奮したよこた君は寒風吹きすさぶ中写真をとりまくっていた。
瀬戸大橋記念会館なる博物館もあったが到着時間が遅かったためにすでに閉館していた。残念。
施工過程とか見たかったのだが。
…描写が短い?いや手抜きじゃナイヨ!違うヨ!本当になにもなかったんだヨ!
坂出を出て高松へ。1週間の旅行はここに終わりを迎えた。最後に食った讃岐うどんは店のシス
テムを知らなかったためにヒドい目にあった。ゆでてない麺玉を自分で湯にくぐらせて暖めなけれ
ばならないことに気付かず、めちゃくちゃヌルかった。
ブツブツいいながら食い終わり、店を出るときに店のシステムに気付いて赤面する恥ずかしさ。
くそぅ、覚えてろ。
そして高松駅。列車は9時半発。時間があったので駅前の本屋で漫画雑誌を立ち読み。おお、二
宮ひかるがアワーズで描いているじゃないか。ひょっとして逃がしたのかヤングアニマル。
……適当に時間をつぶした後、駅の売店で土産を選び、列車に乗り込んだ。行きと同じ特急サン
ライズ瀬戸。寝て起きれば横浜である。
車中、となりのコンパートメントで中年男性がワンカップを飲んでいた。そういえば持参した一
升瓶にもう少し残っていたはずだ。「一杯どうですか」とすすめるも断られ、一人手酌で瓶を空け
た。
3/8 金曜日
6時半、横浜着。ようやく帰ってきた。見渡す限りのビルの群れ。関東は広い。そういえば四国
は平地などほとんどなかった。海岸沿いは「海、道、山」、山間は「谷、道、山」オンリーとい
うロケーションが延々と続いていたことを思い出す。ああいうところに行くと日本は山国であるこ
とを思い出す。
社会人になるとこういうまとまった旅行に出かける機会などそうそうないだろう。そういう意味
でも非常に感慨深い学生最後の旅行となった。
幹事兼案内役のよこた君、幹事兼運転手のかめ君、ツッコミ役(謎)のまつなが君に感謝。
あと国内で足を踏み入れていないのは鳥取県、島根県、沖縄県か。いずれ踏破したいものだ。
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