焼いた、妬けた、冷やして冷まして泣けばいい。



いつの間にか汗は引いていた。さっきまでの暑さが嘘みたいに静まっている。耳の後ろがドクドクと脈打つ感じと、頭に血が上るような興奮と息苦しさ、そんなものは疾うに消えていた。久し振りに感じた疲労感と乾き、そしてさもしさ。亜久津に残っているのはそれだけだった。疲れた。座っていた花壇の奥行きを確認してから、亜久津はそのまま後に倒れた。飛び込んでくる青が眩しくて、気だるさが増した気がした。肩に掛けていたタオルで顔を覆った。影にいるのに暑い、目をつぶっても眩しい。理不尽だ。


「見ぃ付けた」


その声に一瞬肩がビクリと動いた。亜久津は声のするほうに顔を向けて、タオルを剥ぎ取った。だけど逆光で、亜久津はぎゅっと目をつむる。立ち眩みに似た目眩。くらくらする。眩しくて判別が出来ない。誰だ?と思った瞬間、自分に嬉々として話し掛けてくる男の選択肢なんかないことに気付いた。アホ男だ。亜久津は無理に目を開けることをやめた。


「こんなとこで何やってんの?閉会式始まるよ」


言いながら亜久津の横に深々と腰を下ろす。了解もなしにこんなことが出来るのも一人しかいない。亜久津がチカチカした目で仕方なく見遣ると、そこには脳裏に浮かんだ男がいた。面倒臭い奴がきた。


「んで来てんだよ」
「まあそう言わないでよ」


亜久津の千石に対する心象は良くない。千石はどんな亜久津の威嚇も受け流すから、中々亜久津から離れない。それを知ってるから、本当だったら失せろとか言う所だけど、亜久津はそれをしない。自分が疲れるだけというのも癪に障る。


「ハイ、これ」
「ンだよ」


わざと大きな声を出してみる。


「コカコーラって知らない?炭酸飲料の」


徒労に終わる。千石の手に握られた赤い缶は、今買ったばかりのようで、水滴に覆われていた。それを亜久津の膝の上から垂れている手の前に差し出す。


「…バカにしてんのか?」
「まあ飲みなって、ハイ」


亜久津は躊躇する。千石の意図が掴めない。だけど千石は促すことをやめない。


「一気に飲んで」
「何で」
「いいから飲んでよ」


えい儘よ、とは言わなかったけど、気持ちはそんな感じだった。しつこい奴はうるさくて敵わない。亜久津はグッと冷えたそれを口内に注いだ。当然咽る。


「…ッ、ゴホッ、ゴホ…っ」
「ねー亜久津。炭酸一気に飲むと目にこない?」
「…っ、こねえよ」


と言いつつ、亜久津は目の奥にジンと来るものを感じていた。炭酸類は得意じゃない。そんな亜久津を傍らで見守る千石は、自分の肩に掛けていたタオルを亜久津の頭に広げた。当然のように、亜久津は頭上のタオルを左手で掴む。だけどをれを阻んだのはやっぱり千石で、千石は落ち着いた口調で言った。


「これなら、誰も見ないよ」


意味が分からなかった。


「ア?何言ってんだおまえ」
「うん、独り言」


そこで漸く千石の行為の意味を知った。確かにそんな気がないわけじゃない。けど、そんなものは千石が来た時点で忘れてたし、人前でなんてことはどうあってもプライドが許さないから、


「意味分かんねーこと言ってんじゃねえよ」


分からない振りをした。


「だから、独り言って言ったじゃん」


飽く迄千石は、ゆっくり穏やかに答える。タオルの網目からは見えないけど、多分、目を細めて笑ってる千石がいるに違いない。見なくても分かる距離の凄さを、亜久津はまだ知らない。


「…にしても…今日はほんと…やけたよ?亜久津」
「ア?」


ハーフパンツから伸びた膝から下と、ハーフパンツに保護されてる皮膚の色は違っていた。こんな炎天下の中でボールを追えば当然焼ける。亜久津は自分の膝を見てそう思った。


「おまえも人のこと言えてねえだろ」


亜久津が不明瞭に言うと、亜久津はきょとんと目を見開いた。そしてふっと下を向いて笑った。だからそんな様子を亜久津は気付かなかったし、気にも留めなかった。


「うん、そうだね。焼けてるね、俺も」


千石は青を全身に受け止めて、雲の流れを見送った。なんとも清々しい、春闌く日和。千石は失笑した。


「おかしな奴だなおまえ」


相変わらずタオルで頭を覆った亜久津は、千石の笑った理由なんか知る由もなかった。




 


イイワケ
報われないキヨは大人だなあ。リョマさんとの試合のちょい後設定。
てか一読すると意味分からんかもしれんけど、そこはまあ、タイトルから読み取って下さいってことで…(うわぁ…)
02.10.13