人の気配すらない1階の廊下は、最早その音に支配されてしまった。

「ねえ手塚、昨日君を想ったよ」
「ちょうど12時頃」
「ね、感じた?」

陽の強い外から消灯している廊下に入って、
明暗差に幻惑する目には、その声だけが浮かんだ。

囁くように嘯く声は、いつだって耳に触れるように響く。
訳もなく衝動に駆られ、喉の辺りでぐっと堪えて動を制す。

少しずつ慣れてきた目が、不二がちらりとこちらを見たことを知る。
寄りかかった廊下の壁の冷たさを思い出す。

顔に触れられると思った指先は、通り過ぎて寄りかかった壁に触れた。
廊下の壁の、白さをしっかりと目に焼き付ける。

不二は壁の冷たさを指先で楽しむように、それに擦らせる。
意思を持っているように、白い壁で泳いでいる。

伏せた目が、それを追っていた。
己が目は、それを追っていた。

窓から注がれた明かりが、不二の髪を透かす。
初夏の風が、白い頬を撫でる。
瞬きで揺れるまつげ。

不二の全身が、漸く着色されていく。

色付いた不二の茶色い瞳が、
こちらに向いた。

訳もなく衝動に駆られ、喉の辺りでぐっと堪えて動を制す。

「君ってほんと、理性の人だね」

意思の強い、印象的なその目が、力なく揺れように笑んだ。

なにが、理性的な、ものか。

この衝動を知りもせず。
知れば忽ち醒めるだろうに。

なにが、理性的。

「手塚は 手塚だね」

笑んだ顔が寂しそうに揺れ、でも嬉しそうにも見えた。
不二だって 不二だ。

「僕、戻るね」

初夏の匂いを残して、不二は再び明るい方へと行ってしまう。
何の迷いもなく、眩しいところへ飛び込んでしまう。
明暗順応ができない俺は、眩しくて外なんか見すらできないのに。

伸ばせない手、
引き止められない喉、
順応しない目、
慣れやしない精神。

どんなに季節が変わろうと、
不二は俺を動かし抑してやまない。




イイワケ
厳密に言うと「劣等性踊る」の続きじゃーないけど、タイトルに偽りなしなので2と題してみた。 不二は不二で手塚に振り向いてもらえたら嬉しんだと思う。でも手塚はそーだとは思っていないという。 相変わらずすれ違う二人であります。
06.06.09