「嫌いになりたい」

念じながら眠りにつけば、いつかは叶うんじゃないかと思った。




不           憫            の            子




急に気温が下がった日、前触れもなく雨が降った。練習はなしになる、僕は五時間目の授業中、強くなる雨音を感じながら雨を見ていた。

用もないのに放課後の部室に赴く習性。さっきより雨は強くなっていた。上履きが濡れる。校舎から離れた部室に行くには、壁越しの雨音に別れをつげるしかない。耳に届くのは、土砂降りの雨が地面を打つ音だけだった。目的地の目前に着くころには、髪から充分な滴りが落ちていた。


窓から明かりがもれている。


早まる足音と心音と。
ドアノブに触った瞬間に、ドアを開けた。


暖かい空気の中に、彼はいた。


予定調和に高揚しながら、ドアを閉めた。外界から遮断され、雨音は小さくなった。彼は興味もないふうに僕から視線をそらすと、無機的に再び作業に戻る。


「こんな時まで仕事なんて、部長は大変だね」


僕は水をこぼしながら、側に寄る。向かいの椅子の背に腰を下ろして、彼のペンが泳ぐ用紙を覗き込む。


「濡れる」


パタ・パタタ、僕から水が机に落ちた。用紙の3cm先。だけど動かされることのない用紙。


(本当は、口だけ、なんじゃないの?)


僕が更に出ると、用紙に染みが滲んでいった。僕たちは暫くそれを見ていた。


(ねえ、そうなんでしょ。ほんとは、本当は、 )


「不二」


僕の思考を遮る声。雨音さえ無音に変える声。


「ほんとに、嫌そうに僕を見るね」


なんて率直なんだろう。その表情に、僕はむしろ微笑んだ。
笑うしかできない状況って、たまにあるね。


「不二」


(もっともっと、僕を嫌いになればいい)


覆いかぶさると、手塚の顔に水が落下した。堪らなく、眼鏡を外して口付けた。


(君なんか、僕で全部汚れちゃえばいい)
(一縷の仮定を、絶望に変えた方がいっそ)


嫌いになれない僕が嫌い。










イイワケ
不二は手塚に期待しちゃうんです。報われないことも重々承知してるんだけど、それでも捨てきれないから手塚に「もしかしたら」を抱いちゃうんです。あー可哀想。
04.10.12