誘 い み ず



前触れもなく訪れる人と一緒に、言い様のない焦燥感が立ち込める。なす術を知らない愚か者は、不躾に口走るしかなかった。


「不二」

「うん」

「キスしようか」


そして途切れる空気、音、口角。そうして始まる胡乱なもの。


「不二、返事は?」


見据えて促すと、気だるさを纏った不二と目が合った。さも面倒臭そうな大袈裟な挙動を見せると、その大きな目でじっと見た。
俺もね、大体予想はしてるんだよ。こんな感じだろってのがある。でも目の前にいるのは、余りにも予想外って言葉がおあつら向きだから、


「触ってもいい?」


別に乗ってもいない調子に乗ったような振りをする。あまり乗り気はしないけど。


「返事、しないの?」


強気な気持ちを満面に、擾乱は水面に。


「沈黙は肯定とみなしても?」


手を、陰るその白い頬目指して伸ばす。躊躇わず、でも心で躊躇して。耳に、頬に掛かる髪を手でぬって、触れた時の感触を思い浮かべながら、その頬に触れそうになった瞬間。


「やだよ」


ビクリ、弾かれたように静止させられた。その声に、その目に、その唇に。戒められた手は従順。


「なん、で」


だけど言語中枢は素直で、思ったとおりの合いの手を挿む。


「佐伯とはそんなことしたくないから」


何気なくそっぽを向くように、動じることもなく紡がれる言葉。言わせたいの?それともなに?ああよく分からないけど。誘いの水を向けられたような、堪らなく嫌な感じがする。不二、言ってしまうよ?ねえ。ああ言語野はこんなにも俺に従順だ。


「俺とはしたくないんだ、へえ」


そこで大きく含んで、


「裕太君には許してるのに?」


吐き捨てた。張り詰める、顔、肩、唇。


「なに?」


ピリリ、空気の張った部屋に、鈴のような声は良く透り、俺の胸で弾け散る。やり場のない俺の手は拳をつくり、ほんの少し手を開けば、届くそこには触れないように、無意識のうちに慎んでいた。溜まらない。その手に力が入る。


「差別はよくないだろ、不二」


だけど不躾な言語中枢は留まらず、心で戯笑する人の術中に嵌まる。
誘い水はここにある。




イイワケ
ぶっちゃけコレ、「呻吟う〜」の中に組み込もうとしたヤツです。 それをどう思ったのか、今度は本にしようと思ってるらしーですよピカ子。頑張れ自分。
アタシの中で虎不二は、三つ巴必須かと。菊不二←虎とか、ユタ不二←虎とか。 なんにしても虎は報われんのです(ああいい…!)
03.06.17