とけてしまうんだ、そして真っ白だったものは黒ずんで。
呼吸すらままならなくなるんだ、遂には否応なく息絶えて。














水 素 イ オ ン
5 . 6 以 下


「―――には、車の排気ガス・工場・火力発電所などからの化石燃料が燃焼した気体の中に、硫黄酸化物や窒素酸化物が含まれています。それらが大気中で化学変化を起こし硫酸・硝酸になり、大気中で雨や雪・霧などに取り込まれ、そしてそれがpH5.6以下の酸性になり地上に降ってくる現象のことを――と言います。」

まるで、君の事のようだと思った。



°。°。°。°。



「先輩」


幼さの残る、高い声が僕の背中を引きとめた。


「先輩、こっち向いて下さいよ」


そして今度は正面を呼ぶ。僕は君を、とても図々しい子と思ってる。


「ねえ先輩、そこ、座って」


誰もいない日の暮れ終わった廊下を指差す。窓側に背を向けて、僕は座った。


「先輩って、ほんと嫌な人ですね」


腕と腕が触れそうな距離に、彼は腰をおろすと、呆れたような物言いをした。ため息でもつけば、幾らか楽になると思うよ。


「ね、先輩」


隣で笑いかけられて、僕は目をじっと定位置においておいた。廊下を挟んで、すぐ前の教室のドアだけを、じっと見ていた。そうすると、小さな笑い声のような音が聞こえてきた。


「先輩」


多分、彼はまだ笑ってる。微笑んでいる、僕に。


「先輩」


声は、問いただすような、そんな色。


「お願いだから笑ってよ」


僕は遂に彼を見てしまう。幼さを越えた、切なさに顔を歪める男が僕を見ていた。



°。°。°。°。



黒板に走る白い文字が現実だと言う。そんなことは僕は知らない。リアリティーなんて、そんな板切れに記したって、何もない。何を無責任に、絵空事を言ってるんだろう。

ただし、わが身を以って知れば、話は別。



°。°。°。°。



「先輩」


僕の胸は、少し軋んだ。



°。°。°。°。



空から森に、石灰をまけ。湖にも海にもまけまけまけ。
そうすればほら、もう大丈夫、アルカリ性は、酸を弱める作用をオートでするんだから。

水は綺麗になった。そこにまた降り注いでも、石灰をまき続ければもう免罪符。
自業自得なのに、逃れられる。

じゃあ僕は?僕は何が自業自得で、何から逃げようとしているの―――?

ねえ、そこの小さい子。
この簡単な答えを、君は知っていないよね。



°。°。°。°。



「お願いだから、笑ってよ」


消え入りそうな小さい声が、苦しげな悲鳴のように僕に言う。免罪符を破れ、と。


「お願いだから」


だけど、そんなことはしないととうに決めたから。


「笑ってよ、それだけで、いいから」


僕は、綺麗でいたいから。


「他はいらないから、ねえ、先輩」


君には、この顔を、あげるよ。


「俺に、微笑んでよ」


ねえ、ちゃんと受け取って。



°。°。°。°。





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