はがれた時は痛くない、だけどそれは痕になる。



          


「や」


とっさに濡れた声を漏らすと、


「いやならやめるよ」


そう言って手を緩める。僕は離れてく忙しなかったものがたまらなくて、今日もまた己が貪欲さを思い知らされる。


「してよ」


君は見透かしたように、いいよと笑う。



          



彼はいつも笑っていた。思い出すのはあの顔だけで、彼がいかに僕の前で笑っていたか伺える。
あれは、少し癖のある笑い方だと思う。あの顔を総称して人は笑顔と呼ぶのだけど、彼のは別。あの、何か薄い虚無のようなものを孕んだ、深い、だけど薄笑いを浮かべる薄い唇と、見せかけの真っ直ぐな眼差し。人好きのする顔は、一度疑ってしまえば何てことはない。その辺りは同種のようだから、僕は見破ってしまった。



          



彼の裾には、希にチョークが付いている。気付かないのかな、可愛さを感じた。


「千石くん」

「なに」

「チョーク、付いてるよ、袖に」


彼におどけたり、動じる様子はなかった。僕は、はにかんで少し恥じらう彼がいるものとばかり思っていた。


「払わないの?チョーク」

「うん」

「どうして?」

「わざと、付けてるから」


思い出すように、そこで胡乱な笑みを浮かべて、


「馬鹿にされるのを、待ってるんだ」


遠くを見るように、僕を見た。



          



だって嫌だったんだ。


「もうやめよう、か」


切り出した言葉をいたずらに押し出したことよりも、


「いーよ」


何の変哲のない応答よりも、


「うん、じゃあ、おしまい」


それに倣った抑揚のない返事よりも、


―――君は僕じゃない誰を好きなの


言えない僕が、嫌だから。
だから。
だから。



「バイバイ」



          




はがれた時は痛くない、それは傷の皮膚、すぐにはがれるよ。だけどそれは痕になる。
まるでカサブタのような、



          


























恋がしたかったわけじゃない。






























イイワケ
思いっきり千石←不二で、千石さんには想い人がいますというお話 (ちなみにソレは亜久津なんだよ!ゴクアク書いたーい!)
03.10.06