僕たちの間には、鍵の掛かったドアがあります。
無暗に抉じ開けると、壊れてしまうものですから、歯痒い思いでドアの前であぐねています。












堅 い ド ア












++++


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、待って、お兄ちゃん」


彼は小さい頃から僕の後を付いて来た。何をするにも真似をして、何処に行くにも一緒に来たがって、煩わしいほど僕になついて、いつだって僕の袖を握り締めていた。


「待ってるから、おいで裕太」


裾を掴んでいた手を握ってあげると、安心したようにいつだった笑ってた。世話のやける1つ下の弟。可愛い僕のたった1人の弟。好きと言ったことはないけど、本当に愛しいと思ってた。

この感情が歪んだものであると気付いたのは、思春期を終えた後だった。


++++


「じゃあな、兄貴」


開かれたドア。手を握って歩くのを厭い始めた弟は、いつの間にか僕より大きくなっていた。声も変わって、どんどん弟は形を変えた。それが成長であるとは僕はついに気付くことはなかったけど。弟がドアを閉じて家を出ると、家族の終りが告げられて、そしていつも待ってた僕が、置いていかれた。


「おいで裕太」


もう2度と言えやしない。


++++


そして変わり始めたと同時に、僕も変わった。正確には壊れて、僕の大切なものが変貌した。それは本当に汚らしく、醜いものだった。


『もしもし裕太くん?アタシだけど、昨日はアリガト――』

「裕太ならいません」


上ずった声は、紛れもなく僕の声なんだけど僕の声じゃない。この声も、この感情も、この表情も――こんな汚い僕は僕じゃない。ここで受話器を握り締めてるのは、嫉妬に狂う寸前の浅ましい、独占欲が溶けて固められた蝋人形は僕じゃ―――なんでこんなになっちゃったんだろう。受話器を置いた手が震えた。

自分に独占欲があるなんて初めて知った。


++++


大切な大切な弟を、みすみす奪われるなんて御免だ。嫌だ、裕太、今なにしてるの?どこにいるの?誰といるの?どうして電話に出ないの?僕のこと思い出してる?見えないと不安だよ、毎日会わないと心許ないよ、声を聞かなきゃ眠れないよ―――!

会いたい、恋しくて死にそう。


++++


「ただいまー」


ドアの閉まる音と、待ちに待った弟の声。部屋から勢いよく飛び出して、階段を駆け下りて玄関に向かった。


「おかえりッ・・・!」

「・・・ただいま」


裕太は腰を屈めて靴を脱いで、僕を見ずにリビングへの廊下へ足を進める。僕は逸る胸を抑え後を付る。


「お、遅かったね、どうしたの?」


だるそうな仕草が、僕を煙たがってる?ドカドカと廊下を歩く音が家中に響く。


「友達と遊んでから帰ってきたんだよ」

「友達・・・?」


胸で疼く刺が、問いを促す。


「友達って、女の子も、いるの?」

「あーー?」


深い息を吐いて、面倒臭そうに肩越しで振り返る裕太は、どこが大人びていた。何故かやけに寂しかった。


「兄貴には関係ないだろ」


否定しない答えに抉られる胸。トタトタと階段を上がる音がやけにリアルに聞こえてくる。それは裕太の帰宅を家中に告げるけど、僕は置き去りにされたまま、後姿は後姿のまま見えなくなった。虚しさと焦心が襲う。階段の下からじゃ、裕太の部屋すら見えやしない。

一喜一憂なんかして、もどかしさを募らせて、お兄ちゃんはどうすればいいの?


++++


そして、また唐突にけたたましく電話が鳴り響く。誰よりも早く、電話に駆け寄る僕。待ちどうしい訳じゃないのに、受話器を素早く取って、呼び音を打ち消す。不安という脅威を早く消去したくて。


「・・・もしもし・・・?」


電話の向こうにいるのは―――脅威の正体。


「ごめんなさい、裕太ならまだ―――」

「兄貴、その電話オレにじゃないの」


階段を降りてきた裕太が、冷たくこっちを見た。ギシリ、ギシリ、階段に軋みを刻みながら、僕との距離を縮めていく。顔が綻ぶ。


「かせよ―――もしもし?あぁオレ、うん、そうそう、ハハ」


綻んで、また硬くなる。言いようもない、この靄は何。声の落差は何。表情は何。笑い声は何。僕にくれなくなったものを、どうして?どうしてその子にはあげるの?なのに僕には嫉妬と羨望をくれるの?欲しくないもの貰っても、お兄ちゃん嬉しくないよ?ねえ、裕太、裕太。


「ンだよ、うるせーな・・・あぁゴメンこっちの話・・・え?ハハ、まじで?うけんだけど」


袖を掴んでいた、払いのけられた手。お兄ちゃんより、電話がいいの?電話の向こうの彼女がいいの?何で?何で?お兄ちゃんじゃ、裕太の欲求満たせないから?だから?ねえ、お兄ちゃん、あの女に裕太を盗られるくらいなら、僕でその欲求を解消して欲しいよ?

お願い、知らない間に成長しないで―――


++++


堅い堅い鍵の掛かったドア。僕をいつだってぴしゃりと撥ね付けるドア。探したって見付からない鍵。だったら壊したっていいじゃない。修復なんか出来ないけど、入れないよりいいじゃない。いいじゃない、いいじゃない。


++++


「―――裕太」


その夜、僕は弟の部屋のドアを開けました。


++++













イイワケ
はいッ、どこまで発展させれば気がすむんだ「無題」ユタ不二!「ひとひらの花は〜」のイイワケでも言ってたんだけど、いつか書こうと思ってた不二視点でござぁいまっす。ドロドロです(笑)いつもながらウチのユタ不二は不幸ですね〜、でも同時進行で、至って普通ユタ不二も書いてたりします。が。痛い系のが断然書いてて楽しいんですよねッ★(腐)

まぁ最初は純粋に家族愛だったんだけど、離れたとたんに寂しくなっちゃったんだ→繋ぎとめたい→歪んだ愛。になっちゃったんだと思いますー。そんで更に発展して「ひとひら〜」に続いてみて下さい。続いてるようで続いてないようで続いてるような感じです(どっち)
02.02.09