秘密を秘密にして内緒話を


二人でお弁当食べてる時、不二がこそっと囁いた。オレのすぐ横に座って、耳元手を当てて、こそっと。小さいその吐息交じりの声がすごくくすぐったかった。


「英二、僕ね、手塚と付き合うことになったから、英二にだけはどうしても言っときたくて、ねえ英二、絶対にこれ秘密だからね、誰にも言っちゃ駄目だからね」


それを全部聞くまでの間、オレは何度もそれを中断しては不二に真剣に聞いてよと怒られた。付き合うっていう単語の意味は良く分からなかったけど、これが秘密なんだってことは分かった。内緒の内緒、内緒話。オレと不二だけの秘密なんだ。不二が耳元でもう何か言ってるわけじゃないのに、まだ何かくすぐったい。秘密って、何か嬉しいよね。

嬉しさを陽気と浴びた4月。

* * * * * *


ランチタイムが一緒なのはオレ、教室で1番最初に声をかけるはオレ、体育の時間にペアになるのはオレ、国語係りを一緒にするのはオレ、お昼のパンの注文を何ししようか一緒に決めるのはオレ、部活中一緒に水を飲みに行くのはオレ、今日の最高気温を教えてもらうのはオレ、担任の愚痴を話されるのはオレ。オレはたくさん不二と一緒にすることがある。でも一緒にしないこともある。

この間まではオレと一緒だったのに、オレじゃなくなっちゃったこと。登下校と休日、一緒に過ごすのはオレじゃなくなった。オレは前期で、後期はアイツ。


「じゃあね、英二」

「ホーイ、また明日ね〜」


後期就任は、オレより背が高くって、頭が良くて、テニス上手くって、大人なヤツ。多分オレが後20年たっても敵わなそうなヤツ。だからまあ仕方ないか、と思わなくもないけどさ。ないけどさ。でもこの置いてけぼりされた悲しさはどうなるのさ、って否応無しに思うじゃんよ。

居場所をなくした5月。

* * * * * *


梅雨時は、部活が休みになる日が増えるシーズン。必然的に、オレと不二の会話する率も低下する。教室以外で会えない。ただでさえ登下校も一緒じゃないのに、益々減るオレらの時間。なのになのに、休み時間の話題は専ら決まってた。


「手塚凄いんだよ、僕ほんとに驚いちゃってね」


嬉々として繰り広がる手塚話。何でそんなのするの。どうしてオレたち2人の時も、手塚が邪魔をするの。オレの思いとはよそに、部活が休みになると決まって不二はそそくさと家に帰る。バレてないと思ってんだ。これから不二んち、手塚来んでしょ?その為に部屋キレイにしてんでしょ?

苛立ち始めた6月。

* * * * * *


「マジで久し振り〜、あー相変わらずいい匂い〜」


2ヶ月振りに訪れた不二の部屋は、記憶通り甘い匂いで溢れてた。オレはこの匂いが大好きだから、部屋の香りを十分に取り入れる。深呼吸。1人で味わってると、不二がお盆にコップ2つとオレンジ色したペットボトルを乗せて現れた。


「ね、ほんとに久し振り」

「だって不二が部屋来ちゃ駄目って言うんだもーん」

「ン、ごめんね」


ちっちゃく笑って、お盆を床に置いて、コップにオレンジジュースを注いでくれた。


「でも誘ってくれて嬉しかった、だってもう不二んち来れないかと思ってたもん」

「大袈裟だよ英二、そんなこと全然ないって」

「じゃあ何で今日は呼んでくれたの?」

「え、ああ、別に理由なんて―――」

「あるんしょ?」


不二は一瞬息を呑むと、困ったなあという表情をしてから、ばつが悪そうにくしゃっと笑った。


「ちょっと、相談乗ってもらいたくて」


照れ臭そうな表情と口調が、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。不二、オレ今最高に嬉しい。だってだって、相談に乗るって、オレのこと信頼してるって証しでしょ?しかも不二はオレにそれを言ってる、オレに言ってくれてる、不二、不二、オレものすごく抱きついちゃいたい。そのぐらい嬉しい。


「―――手塚のこと、なんだけど、さ」


しゅわ。風船の空気がなくなって、しぼんだ感じ。高い山のてっぺんから、地上に落ちてく感じ。その落下速度はものすごく速くて、息をする暇さえ与えない。


「ちょっとね、最近客観的に考えるようになったの、なんてゆうか、やっぱ僕らの関係って良くないのかなあ、なんて」


不二は、不二じゃない顔をした。オレの前じゃ決して見せない顔。


「公言はさ、僕らの場合絶対出来ないじゃない?だから、もどかしいってゆうか、なんてゆうか、そんな感じしちゃうんだよね」


オレは良く分からないけど、すごく衝動的な気分になって、タガが外れたように、弛緩した。してはいけないとどこかで分かりながらも、それは緩やかに、でも急激に弛緩したんだ。


「じゃあ皆に言えばいいじゃん」

「英二?」

「秘密にすんのが嫌なんだったら言っちゃえよ」


それは本当に衝動的な発言で、自分でも理解出来ない不可解な言葉でしかなかった。だけど、溢れ出る言葉、言葉、オレの言葉には、色んな思いが含まれてた。


「手塚が不二に何したかとか、手塚と不二が二人きりになると何してるとか言っちゃえばいいじゃん、不二が言えないだったらオレが言うよ、例えば手塚は不二の家に来てセ――」


パシン


「・・・ッた」


鈍いくて鋭い音が一瞬響いた。頬が痛い。不二の手も、多分痛い。赤いし、手震わしてるし。ああ、でも痛くて震わせてるだけじゃないんだろうね。


「ほんとのことじゃん、不二たちしてんでしょ?ここで、この部屋で!」


オレの目を見ず不二は俯く。唇をぎゅっとして、手もぎゅっとして。


「ねえ最後にしたのっていつ?1ヶ月前?1週間前?それとも昨日?ねえ隠さなくたっていいじゃん、皆に付き合ってるって言ったら、皆応援してくれるって。だからオレ明日にでも皆に言うよ」

「やめて英二」


俯いてた暗い表情が、白くなって現れた。顔面蒼白、可哀想に。必死な顔しちゃって、どうしたの?声まで震わせて、どうしたの?


「そうだよね、バレたら困るよね。不二たちができてるとか言っても、信じる人はいないかもしんないけど、少なくとも雰囲気は悪くなるし、二人きりで帰るとか、今まで普通にしてきたことも出来なくなるよね。手塚もばつが悪くなるね、立場もなくなるね、あーあ不二、困ったね、もどかしいとかそうゆーレベルじゃないよね」


泣きそうな顔をして、そんな顔しないでよ。オレは不二を悲しませたいわけじゃない、そうじゃない、だけど、だけど―――


「ズルイよ、手塚ばっかりズルイ」


蓄積されたものが引きずり出されて、口からどんどん排出されてくんだ。


「オレだって不二が好きなのに、なのに手塚ばっかり、ばっかり、ズルイよ。ほんとだったらいつもこの部屋に来てんのはオレだよ?なのに何で手塚なんだよ、ズルイ、ズルイよ!」


どんどんどんどん、ずっと我慢してたドロドロの言葉が排出されてくんだ。


「不二がいけないんだよ?嬉しそうに手塚の話ばっかりするから、オレのことほっとくから、オレのこと1番に考えないから、オレは不二に構って欲しいのに!」


見開いた不二の瞳には、めったに見せない涙が潤っていて、すごく、心臓が痛くて、だけど先走る感情は理性なんてものを忘れて、


「ねえ不二、オレの言ってる意味、分かるよね?」


君が好き、その重い思いが何よりも最優先されて、


「内緒話しよう?」


秘密を強要した。

後戻り出来ない7月―――夏は始まってさえない。













イイワケ
脅迫菊ちゃんです☆(笑)リコさんからの二万打リク「塚不二←黒菊」でっす。黒菊の神ご降臨。速攻出来ちゃった。黒〜い菊ちゃんで行こ!と思ったけど、良心がぬるい黒菊を生みました。だってほんと陶酔した黒菊って怖いんだもん!(裏にあるヤツでそうゆうのあるのよ…自分で読みなおして怖いんだよアレ)
リコさん申告有難うございました〜!イケてなくてごーめーんーなーさーいー!!黒菊はむーずーいー!
02.03.22