弁当も食べ終わって20分ぐらい時間余ってたから、


「上で本読んでもい?」


不二は弁当箱を可愛い模様のランチョンマットで包みながら言った。今の言葉は、了解を尋ねるものではなく、さあ行くよっていう意。


「いいよ〜」


パックのいちご牛乳飲みほして、揺らしてたイスから伸びしながら立ち上がった。不二はシオリの挟んである、青地に白い英字の載った本を手に持って準備をした。



ひ な た に い こ う 、 ひ か げ を と お っ て 、ひ な た へ 。



不二はとても機嫌が良かった。お気に入りの洋書を、お気に入りの場所で読んで、雑音に邪魔をされることもないから、だと思う。表情はいつもと一緒で、いつもと何が違うってわけじゃないんだけど、ちょっと空気が浮かれてて、それが少し肌に伝わってくるんだよね。
オレは不二の付き添いだから、別に何をするでもなく、フェンスを掴んでブラブラしてみたり、上履きでタップは出来るかとか試してみたり、取り合えず、自分で出来た影の中で読書中の不二の邪魔にならないように1人で遊んでた。たまに遠くからその様子を眺めながら。微風に流れる髪と、捲られるページを押さえて、大きい目が文字を追う。遠くからでも睫長いって分かる。ちょっと細めた目が、たまに眩しそう。オレはそんな不二が眩しかった。この空間、この時間がすごい好き。嬉しいんだ、不二がオレをこうして不二の中に入れてくれてるって実感が湧くから。
だけどこうゆうのには、タイムリミットってゆうのがあって、終わりの合図ってゆうのもあったりして、キーンコーンカーコーン、合図が鳴る。


「ああ、もうそんな時間?ごめんね英二」



ひ か げ に い く 、 ひ な た か ら 、た ぶ ん ず っ と 、 も う ひ か げ 。



ドアを開けて、屋上から階段に出ると視界が真っ暗になった。目の回りが軋む感じ。それと同じに身体が火照っていたことに気付く。室内は涼しくて心地いい。


「わ、暗い、英二、気を付けて?」


不二は階段を1段降りると、ぱっと振り返って微笑んだ、


「う、わっ」

「危なっ」


と思ったら不二は階段を踏み外した。オレは慌てて手を伸ばして、不二の上半身を抱える。とさり、不二がオレの中で舞って、ぱさり、髪が空を舞って、ふわり、いい匂いが鼻先で舞う。3つのドキドキが身体中を駆け巡る。不二が落ちるかもしれないってゆう顔面蒼白になりそうなドキドキ、抱きとめてああ良かったって安心したドキドキ、あとの1つのドキドキは―――オレの呼吸で不二の髪が揺れるくらいの至近距離のせい、こんなにも近い所で君の視線を受けてるせい。


「ごめん」

「あ、うん、きょーつけて・・・」


目線を逸らすしか出来なくて、不二を支えたままでいるしかなかった。クラクラするのは、急激な温度のせいじゃない。


「ありがと」


トン、トン、トン、階段を降りる音を響かせて、不二は颯爽と降る、色んなものをオレに残して。そして最後の段を降りると、ぱっとこっちを振り返った。


「本鈴鳴るよ?いそご、英二」


オレを正面から見上げて、小首で笑う。いつだって、不二はオレより1歩先を平然と歩いてる。オレの鼓動はまだ定着してないのに、不二は窓からの日を浴びて光ってた。オレは今、薄暗い日陰にいるのに。オレ、いつになったらそっちに行けるのかな、なんて心まで暗かった。だけど君は笑ってオレを呼ぶもんだから、


「はいは〜い」


アホな顔して慌てて階段を降りた。










イイワケ
砂原さんへ捧げます(勝手に)砂原さん、私ほんとに書いちゃいました(笑)
要は菊ちゃんは日陰者だっつーお話。不二は気付いてんだか気付いてないんだか分かりませぬ。菊ちゃんは不二は気付いてないんだと思ってんでしょうね〜。
02.05.05