ひとひらの花は、とても小さくて







「もう嫌だ、何でこんなことするんだよ――」
「好きな人を欲しがるのは当然でしょ、ホラもっと穿ってよ」






















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帰宅を告げると、いつものように母さんが飛出してくる。そして待ち構えていましたと言わんばかりに、オレの好物の匂いをプンプン飛ばす。まだ下ごしらえしてるから、夕飯時になるまで待っててね、階段を登ると母さんの声が背後から飛ぶ。はいはい、素っ気無い言葉を残して、オレはいつも通り自分の部屋へと飛んで行った。

オレにとって自分の部屋っていうのは、安らげる場所とは言い難かった。ここは待合室みたいなもんだと思う。それも絶対に待ち惚けなんかしないようになっている、しっかりした待合室だ。
部屋に入って、まずはエアコンのスイッチを入れる。それから電気を付けて、肩に掛けてたバックをベットの上に放り投げて、そのすぐ隣に畳んで置いてある着替えに袖を通す。少し部屋が暖まってきた頃に寮から持ってきたMDカセットをオンにして、バックが邪魔にならないようにベットに倒れるように仰向けになる。久し振りの天井を見ると、帰ってきた気になる。肩の力が抜けて、すぐに眠りが誘う。夕飯になるまでの、いつものパターン。

コンコン

小さいノックが木のドアに、小気味いい音を奏でる。オレはドアに見向きもしない。だって本当にいつものパターンだから。この後に何がどうなるかってことは分かってる。

カチャリ

ドアが開く音とが聞こえたかと思うと、すぐさまドアが閉まる音も静か響いた。とっさに目をつぶって視界を閉ざす。床を擦る小さな足音がベットに向かって近付いてくるのが分かる。天井が遠い。迫り来る気配が、ベットの上のオレに影を作った。


「お帰り裕太、2週間振りだね、元気だった?」


甘く囁く不快音が耳に刺激を与える。上のほうからした気配が、すぐ側に変わった。多分ベットの横でしゃがんで、オレと同じ高さの位置になったんだ。


「僕も今帰って来たんだけど――ねぇ起きてるんでしょ?」


吐息が耳を掠めたかと思うと、甘い香りが鼻を掠める。嗚呼、兄貴だ――確信すると同時に、唇に生暖かさを感じる。目を開けると兄貴のでかい目と合った。兄貴の唇がオレの唇に当てられてる。兄貴はオレにキスしてた。わざわざ目を開けたまま触れるだけの、感触のようなキスを与えられる。大きな大きな瞳が、謗るようにオレを笑う。


頭に言いようのない血が上って、
どうしようもないほどの虚しさが募った。



「あっ、裕太・・・?」


おもむろに兄貴を床に叩き付けるように押し倒した。茶色のフローリングにそれと同系色の髪が広がって、制服のままの兄貴が床に雑作なく転がる。今度はオレが、床に身を置く兄貴の上に影をつくった。いきなりのオレの挙動に驚いていた兄貴の表情は、徐々に余裕を取り戻し始めた。多分、意味に気付いたんだ。兄貴は人の動きに理由を付けるのが巧い。


「僕を驚かそうと思ったんだね、自分に意思のある振りをして」


微笑む唇には、赤く艶めきながら光っていた。頭が段々フェードインしてくように、真っ白くなっていく。どうしようか、混乱という名の不安が頭を這いずり回ってる。


「ねぇ裕太・・・してくれないの・・・?」


後ろから背中を押されたように、声のするほうへと顔を寄せた。自分の頬を兄貴の喉元に当てるように置くと、指先の冷たい手がもう片方のオレの頬を撫でる。母親が赤ん坊をあやすように、慈愛に満ちた冷たい温もりで。


「今日の僕は機嫌がいいんだ、今のうちにしたほうがいいよ?」


兄貴はそう囁くと、今度は頬に音をわざとたてて口付けた。満足げに鼻で笑う音が耳元でする。頬に残る感触が痒くて熱くて、まるでそれを嘲笑ってるような音が、本当に耳障りなんだ。


「もう嫌だ、何でこんなことするんだよ――」


床の上で目を細めて笑う兄貴は、制服のズボンのポケットの布の上から、中に入ったものの形を確かめるよう弄った。


「ねぇ早くしないとさ、シャツの袖赤く染まっちゃうけどいい?」


ポケットの中には小さな凶器が入ってる。その凶器の威力を昔見せつけられたことがある。右手首にはめられたリストバンドに保護されてる切創痕は、オレの目の前で創られたもの。増えていく傷を見せつけられるのは、本当に嫌で本当に怖かった。兄貴が見せたことのない顔をして、聞いたことない声を聞くのも怖い。本当に怖かった。


「裕太」


促す嬌声が遠くへとオレを連れて行く。ズボンに添えられていた白色の手が、オレの頭を遡る。


「大好きだよ」


遠のくモラルの果てにあるものは、
禽獣のように淫虐な最果て。



「ん・・・」


甘い吐息とけだるい体温には、心地好さなんか微塵もなくて、不快感だけが余韻してる。そして嫌悪感がオレを襲う。その根源にあるものは。腕の中で痴態を曝す人。兄貴。誰からも好かれて、穏やかで、真面目で、勉強もテニスも出来て、人望もあって、正義感も責任感も強い、憧れが強すぎて素直に接することが出来たなった、自慢の兄貴―――オレの初めての人。


これまでの道程に意味なんかないけど、
忘れることも享受することも出来なかった。



「好きな人を欲しがるのは当然でしょ、ホラもっと穿ってよ」


眩暈がした、幻想が音をたてて壊れた瞬間。裏切られた気持ちでいっぱいになって、心底軽蔑して嫌いだと思った。だけど1番最低だったのは。


「あっあっあ・・・・・ゆぅた・・・ッ」


こんな行為に慣れてる自分。まるで獣。獣にも劣る行為。


「好きな人を欲しがるのは当然でしょ、ホラもっと穿ってよ」


嫌だ、こんな恐怖に苛まれるのも、それを享受してる自分も、痴態を曝す兄貴も―――!流されるのも抗うのも、もう嫌なんだ。もう、本当に嫌なんだ。全部、本当に、もう駄目だよ兄貴。


ひとひらの花はとても小さくて、
いとも簡単に飛ぶことが出来たんだ。



それでもオレは、貴方が1番憎くて疎ましくて――愛しかったんだ。


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イイワケ
えへへ・・・裕太不二ですよー、「金魚」の前と思って下されば悦です。
従ってこのブツは、リサさまに捧げますー!!
アーン、金魚に引き続き面目ないモンでゴメンナサーイーーッ!!(逃)

裕太視点より、不二視点のが楽しいのですが、そうなるとこの場合、
かなりどすぐろーい不二さん誕生間違いなしだったんで逃げてみました(笑)
や、でもきっとこれの不二視点とか書いちゃう気もするんですがね〜(マジで)

次は塚不二でも行きますかね(相当アテにならねーってお話ですが★)

01.12.07