予定は未定、だけど確定


「不二クン!」


しまった、でかい声をあげてしまった。当然注目を浴びる。でも振り向かせたかった本人もこっちを向いてくれたから、結果オーライでオッケー!


「不二周助クン、だよね?」


振り向かせたのはいいものの、不二周助はきょとんとした目でオレを見上げていた。ノーリアクション。おわ、人違い?心の中でアタフタしてると、目の前の彼はふっと笑った。


「そうだよ、千石清純クン―――違った?」

「や、ビンゴ、お見事」

「なんだ、何も言ってくれないから間違えたのかと思ったよ」

「違う違う、不二クンがまさかオレの名前知ってるとは思わなかったから、ビックリしただけ。しかもフルネームまで知ってるから」

「変なの、自分だって僕の名前知ってたじゃない」

「ま、ソレはそうだけど・・・」


なんか不思議な感じだなー。オレが一方的に不二クンのこと見てただけなのに、不二クンもオレのこと知っててくれたなんて。なんだろなー、芸能人がオレのこと知ってるって言ってるようなモンかな。素直にものすごく嬉しい。


「・・・私服だと、雰囲気違うね」

「そうかな?」


ぜってー違う。最初女の子だと思ったもん。だから人違いかな〜って、声掛けんのためらったし。でも遠目でもソレだと分かってしまうのは、やっぱりそのいで立ちで、声を思わず掛けてしまうのは、優越感を得るためだったのかもしれない。


「千石クンも、いつもとちょっと違うね」


ジっとオレの目を見る茶色の瞳は、清んでるなー、睫長いなーと思ったら、それは更に長くなった。ぎゅっと目を瞑って笑顔になったから。閉じられた相貌に生える睫は、バシバシに長くてキレイ、とか思った。不二クンは、ふっと小さく笑った。可愛い、と自然に思う。男のくせに、何だこの可愛らしさは!と言いたい。立ち話もナンだから・・・声を掛けようと思ったら、ビシバシのマツゲ付きの目とバッチリと目が合った。なんつーデカイ目。スゲェ可愛いよこの人。今まで何度となく試合会場で見てきたのに、こんな近くで見たことないせいか、感動は無限に大きい。不二クン性別間違えてんなー!と思わずにはいられない。だって何だよその肌、その柔らかい雰囲気、その仕草、そのサラサラな茶色の髪は。笑ったら、間違いなく可愛いの一言を浮かばずにはいられない顔のつくり。そして可愛らしい、小ぶりの唇。なんつーか、全身癒し系、というか。ヤバイ。こいつ可愛い。男相手に何てこと思ってんだー!なんて突っ込みは皆無で、柔らかそうはほっぺに、1度触れてみたいなーなんて思った。


「千石クン、そんなに見ないでくれる?」


あまつさえ、その声。仄かに香ってしまいそうな甘い声。惑わす成分絶対入ってるだろ、α波だかβ波だか、絶対何か出てる。そんな声。


「千石クン」


その声が、その人物が、オレを呼んでる。なんて心地の良い現象なんだ。


「千石クン!」

「ヘ?あぁ何?」

「いきなりボっとしないでよ、立ったまま寝ちゃったのかと思ったよ?」

「そんな器用なこと出来ないって」

「そう?」


お互い気が付けば笑ってた、笑顔で向き合って立ってる。陽気もほがらかで爽快。嗚呼、春だねえ。


「ごめんね僕ちょっと時間ないんだ、じゃ、またね」


春の終わりを告げるのは夏の暑い暑い日差し、じゃなしに、突然の不二クンの何の風情もないセリフになってやってきた。


「不二クン!」


サラリ、髪をキレイになびかせて振り返る。なびいた髪が肩に下りる頃、また目が合う。


「今度オレと―――」


―――会ってくれる?無意識に出そうになってた言葉に自分でボケっとしてしまった。何を言ってるんだ自分、静まれ自分、落ち着け自分。


「―――オレと、何?」


微笑む不二クンは、続くオレの言葉を待つ。オレは続く言葉を何とか誤魔化す努力をする。だってまた会いたい、なんつったら直球過ぎるほど直球の、ストレート!ストラーイク、ド真ん中!だし。


「―――あーっと何でもないや、またね不二クン」


意味もなくヘヘラ笑うオレに、また笑いかける不二クンは、


「またね」


そう言って雑踏へ紛れていった。甘い声が、頭の中でモンモンと反芻して響いてく。そうだよ、予定なんか決めなくたって、オレたち大会で年中会ってんじゃんね。やっぱオレってラッキーじゃん。自分のアダナが誇らしかった夏1歩手前の午後。