君、一段階進歩促す


「ちょおソレ取って」

「ハイ」

「せんきゅ」


僕の家、7時ちょっと前の空間。いつも通りのやりとりは冴えないし、意に満たないし、面白みもまるでない。だけど関西弁の眼鏡の男は、いつも僕の部屋にいる。入り浸ってる。誘うわけでもないのに気が付けば常連のようで、家族もこの男を普通に受け入れている。僕は正直、ちょっとイヤだった。
たまに僕らは思い出したようにキスをする。大抵向こうが暇やんね〜とか言って、僕の唇を強引に奪ってく。暇だからって何するのさ、とか最初は抵抗とかしてたけど、最近それも日常のうちに入ってて、普通にこの男とキスをする。ちょっと最近ネチっこいけど、でもキスをする。僕はちょっとイヤだった。ぼんやり、そんなことを考えてると忍足は僕を見て笑った。


「して欲しぃん?」


僕はつられて笑ってからその言葉の意味を飲み込んだ。


「違いマス」


語調を強めてそうゆうと、忍足は顔いっぱいに、声を出してカラカラと笑った。


「説得力ゼロやで?」


熱心に読んでいたはずの雑誌を床に落とすと、のそのそ4足歩行で僕に近付く。何か圧迫感みたいのあって、ちょっとその迫る姿勢が僕的にはイヤだったりするだけど、


「周助クーン?」


そんなことはお構いなしで、長いちょっとくせっ毛の黒い髪を揺らして僕の顔に顔を近付けた。慣れてるはずのドアップに、緊張する。眼鏡の奥の、下睫とかが見える距離。端整で凛々しい顔と、切れ長の鋭い目、何度繰り返しても慣れなくて、すごく気恥ずかしいことこの上ない。だから僕はいつだってギュっと目を瞑る。心臓はドキドキして、顔を火照らす熱が身体中に浸透してく。嗚呼、僕はどうなってしまうんだろう―――?
やっぱりそんな僕にはお構いなしで、忍足は僕の額にコツンと額を当てて、


「唇以外んトコも、触るとやっぱ嬉しいもんやね」


楽しそうな笑い声を上げると、くちゃっと忍足は小さな子どもみたいに笑った。何かもう、僕はキスとかキス以外のことに対するモヤモヤを、


「飽きれた」


ため息と一緒に吐き出してような気分だった。