至近距離は、意外と遠くて近かった
「今日はサイクリングしよう」
不二クンは一瞬唖然としたけど、でもすぐにいつもみたいな柔らかい笑顔になって、いいよと優しく言ってくれた。ヤッタと思う前に、ちょっと複雑な感じがした。だけどやっぱり嬉しかった。
「キーモチいーねー」
青学にほど近い川原っぽい所を走ってみる。涼しい風と、朗らかな光が2人をなびかせて照らす。
「ウン、気持ちいね」
背後で囁く声に、優越感が湧く。だってブレーキ掛けると、小さい不二クンの頭が背中に小突く。その度に不二クンは小さく謝るから、俺はいいよいいよと言う。そして無条件に、両脇の俺の制服をぎゅっと小さく掴む手。ヤニ下がってにやける顔を見られずにいて、ちょっと好都合かも。
「どうしたの、急に自転車なんかで来て」
その辺に自転車を置いて、2人でとことこと少し湿った、生い茂る芝生の上へ腰を下ろすと、不二クンは川を細目で眺めながら言った。
日ごろのメールのやりとりで、今日青学の部活がないのは知ってたから、校門の前で不二クンを待ち伏せした。こうでもしなきゃ、中々会えないし、会ってくれないような気がしたから、俺は不二クンを後に乗っけて自転車をこいだ。そのまんま不二クンに伝えると、不二クンはふーっと息を吐いた。不二クンは体育座りで、俺はアグラ座り。不二クンはお尻に重点を置いて、カカトで芝生を蹴って、ダルマのように前後に振れた。そして一言、ごめんねと小ちゃく言った。気を使うのは嫌いじゃないけど、気を使われるのは好きじゃない。
「ゴメンね?」
だから謝れるのも好きじゃない。他人行儀って1番されたくない。俺はもっと近くにいたい。不二クンの近く、それもすぐ近くに。例えば待ち合わせに30分遅れてきても、ゴメンじゃなくて、お待たせって言ってくれるような、そんな距離がいい。だから今、不二クンに謝られるのは何かちょっと、しっくりこないっつーか、ね。てか何で俺謝られてんだろ。
「謝ンなくていいのに不二は。つーか俺がゴメンて感じじゃない?なんか無理矢理こんなとこまで連れて来ちゃってサ」
「何で君が謝るの?僕は迎えにこさせちゃってゴメンて言ってるだけだよ?僕は今、嫌じゃないし、無理矢理じゃないじゃないよ?」
「まあ、そうかもしれないけどサ」
「じゃあ何でムクれるの?」
「別に、ムクれてなんか」
なくない。気付けば下唇がにょきっとしてた。
「ねえ千石クン、どうして?」
首を傾げて、なんか子どもをあやすお母さんみたいな口調で尋ねる不二クン。
「別に」
「千石クン」
ちょっと語調を強めた不二クンは、体育座りをやめて、足を崩して両手を芝生についてこっちに身を乗り出していた。引っ込めようとしても、だけど下唇は出たまんまで、自分でもなんか取り止めなさすぎて訳分からん。ああ、自分に落胆。折角不二クンと一緒にいるのに、何でこんなかなあ。機嫌直せよ俺。ほら不二クンがどっか行っちゃうじゃんよ!不二クンは音もなく立ち上がると、本当にスタスタと歩き始めた。放置しっぱなしの自転車を通り越して行ってしまった。取り付く島もなく、というか何というか、止める気力もないよ俺。だって今追い掛けちゃったら、絶対みっともない。だから小さくなってく不二クンの後姿を見送った。ああ、風が冷たい。さっきまで心地良い感度はどこへやら。
「オぉッ!?」
頬に当たるもんのすごい冷たさに背筋が伸びた。
「スッキリした?」
不二クンが俺の横で少し屈んで立って、片手で良く冷えたコーラの缶を持っていた。てゆーか俺のほっぺにそれをしっかりくっ付けられた。
「え、帰ったんじゃないの?」
「帰らないよ、ただ冷たいモノ買いに行ってただけ、ハイ」
今度は顔の真ん前に缶を差し出して、俺が受け取ると隣にすとんと腰を下ろした。
「飲まないの?」
「え?あ、イタダキます」
3度目にやっと缶を開けられた俺は、喉が別に乾いてるわけでもないし、別にコーラが好きでもないけど、半分以上一気に飲んだ。当然咽た。背中を摩られる。カッコわり。
「ゴメン」
涙目になって半分咽ながら言うと、
「ほらまた謝る」
不二クンはちょっと笑って言った。あ、そうか、不二クンだっておんなじなんだ。咽ながら笑ったら、余計苦しくなって、不二クンはバカだねって言って笑ってくれた。遠回りも、案外近道ってオチかもしれない。