イエス・リィズン



「不二周助か?」


僕の前に現れたのは、見覚えのある長身の男だった。逆光で眩しい中、僕は男の顔を読み取った。どこで見た顔かな、記憶を穿り返しすと、一致する顔と名前。


「そうだけど、何か用?跡部クン」


名前が出てくると、彼が何に属しているのかも思い出す。目の前にいるのは氷帝学園3年跡部景吾。去年の大会、氷帝学園唯一2年の正レギュラー。自他ともに認める氷帝ナンバー1。その彼とこんな所で、しかも休日に会うなんて、世界ってなんて狭いんだろう。


「用がなきゃ話かけねえよ」

「それもそうだね、で何の用?」

「急かすなよ、急いでるわけでもないんだろ?」


初めて会話するにも等しいほどの人物が、これほど不遜だったことはない。なんてマイペースな男なんだろう、飽きれるというか敬服に値する。


「座れば?」


主導権は何故か彼に握られて、僕は促されるまま、腰の高さまである花壇の囲いの上に座った。跡部クンは座らず、僕の真ん前で立っていた、というか、腕組んで見下ろしていた。何なんだろう、この人。


「用って?」


早く終わらせて帰りたいという意を、あからさまに込めて言うと、


「用がなきゃ話かけちゃいけねーのかよ」


さっきと違う答えが返ってきた。何なんだ、この天邪鬼というか、何というか。僕に用があるんだかないんだかも定かじゃないなんて、そんなオカシイ話があるか。不満の表情を隠せないでいると、跡部クンは笑った、笑顔とかそんなキレイなものじゃなくて、どちらかというと汚い寄りの、不遜な笑み。不適に笑うとは当にこのこと。


「用なんかねえよ、見覚えのあるヤツ見掛けたから声掛けただけだろうが、挨拶だろ挨拶」

「ああ、挨拶」


跡部クンに似合わない言葉だと素直に思った。


「律儀だね」


たしかに、挨拶は別に用があるわけでもないけど、ないというわけでもないか。成る程、挨拶ね。


「理由なんかねえよ」


そう言って、跡部クンは僕に背を向けると、挨拶もなしに人込みの中に紛れて行った。時間にすれば3分だけど、何だかとっても濃い空間がそこにはあった。