僕は多分、風邪を引く


また見付けてしまった、また同じところで。声を掛けようか迷っていると、向こうが僕に気付いて、速度と表情を変えず、こっちへ近寄ってきた。


「よお」


今度は名前がすぐに浮かんだ。跡部クンだ。私服姿の彼は、跡部クンが人込みをドカドカ掻い潜り、というかぶつかりながら前進して来た。僕の先入観か何なのか、にやにやしてる跡部クン。跡部クンは、本当に跡部クンだ。


「おまえこないだもそうだったけど、休日に1人なんて暇なヤツだな」


僕の目の前に着くなり、そんな言葉をかけられた。跡部クンだって、人のこと言えないじゃない。なんて言わないけど。この人って何なんだろう。僕はため息を吐かずにはいられない。


「今日はもう挨拶は済んだよ?何か用なの?」


不思議と、こないだみたいに早々と切り抜けたい、なんて気持ちはなくて、逆に何て返してくるのか僕はわくわくしていた。跡部クンはちょっとつまらなさそうに、


「社交辞令」


と言って、


「俺って律儀だから何か声掛けねーと気が済まねーんだよ」


と、さも当然そうに言った。そして誇らしげ、に笑う。ああもう、君は本当に君だ。僕はため息に続いて、笑ってしまう。でもそれが気に食わないのか、跡部クンは僕を睨むと


「おまえいつも笑ってんのな、何かしら喋れよ」


怖い顔して毒づいた。何かもう、それすらも僕にとっては笑う要因になってしまって、さすがにまたすぐに正面で笑うのはためらったから、跡部クンに見えないように、俯いて声を殺して笑った。そしたらポツリ。組んでた腕に、一滴ポツリ。雨?と思って見渡すと、眩しい顔した跡部クンが遠い空を見ていた。びっくりした、その姿に。だってやけに男の人だった、首筋とか眼差しが。


「雨だ」


彼のその声を合図に、ポツポツの速度が速まった。雨だ。咄嗟に僕は屋根のあるほうへ走り出す。


「不二!」


雨が雑踏を散らし、楽しんでいるような声があちこちからあがる。そんな中、彼の声は僕にダイレクトに届いた。走るのをやめ、振り返ると前髪が雨で伸びて、少し若くなった跡部クンが僕を真っ直ぐ見ていた。その目は、真剣で、本気な目だった。雨を避けもせず、馬鹿みたいに濡れる彼は、すごく綺麗だった。


「・・・濡れてるぞ」


君だって等しく濡れてるよ。今度はちゃんと言おうとしたら。パチャ、パチャ、地面に音を立てて、キレイな背の高い人が僕に近付いてくる。この人は、無表情で無音になると、何だか違う。さっきまでの跡部クンは嘘みたいになる。雨水が染み込んだ彼の髪は、じっとりと濡れて、てらてらと深い茶色に光ってて、跡部クンが僕に近寄る最中、雨の中にも関わらず、僕は動けなかった。跡部クンは、僕の両肩に掛かった髪を、片手でそれぞれ優しく絞る。少し水分の含んだ髪先から、水滴があふれて僕の肩を濡らした。雨が強くなって、雑音が消えた。雨音が僕らに静けさを呼ぶ。雨の中にいるのは、僕と君しかいないね。


「風邪引く前に帰れよ」


雨以外の音を久し振りに聞いたと思ったら跡部クンは、人気のなくなった道を、浅い水溜りも気にせず走って行ってしまった。あっという間の出来事で、僕は呼び止めることも出来なかった。ただ、激しさの増す雨に、とんとんと打たれていた。

僕は多分、風邪を引く。







イイワケ
砂原さんへ(笑)ラブコールあるとアタシほんとに書いちゃうんだから!
小話003「イエス・リィズン」の続き。挙動不審な跡部ちゃまってどうよ?ま、恋の始まりってことで★
02.06.15