不意打ちs


「ンだよッ」

「それはこっちのセリフ!いきなり何するの!」

「だからって殴ることねーだろ、いーじゃねーかよ、たかがキスの1つや2つ」

「良くないよ!―――何今のたかがって。ああそう、じゃあもう金輪際せがまないでよね、バカ」

「おまッ・・・!何だよバカって!しかも何だその言い草、俺がいつもがっついてるみてーじゃねーか」

「間違ってたら謝るよ」

「じゃあ謝れ」

「あーもう、ほんとにいい加減にして!」


不二は飽きれていた。怒っているではなく、心から飽きれていた。何度同じことを繰り返してるのかと思うと、ほとほと愛想は尽きる。いわゆる痴話喧嘩だと分かっていても、こういった類のものを好む性質でもなく、如何せん初めてなものだから、不二は我慢も限界に到達しそうだった。


「いつもいつも顔見せるたび、キスさせろだのヤラセロだの、そんなのだったら僕じゃなくたっていいじゃん!僕に固執することなんか、これっぽっちもないじゃない!もうこんなのヤだよ!」


一瞬流れる沈黙は、不二にとってとてつもなく広大で、部屋に響いた自分の声が、いつまでたっても耳の中から出て行かなかった。耳の後ら辺が妙にジンジンして、熱くて、不快だった。だから早く何か言って欲しかった。結局不二の願いは叶った、願ってもないオプション付きで。


「―――仕方ねーだろ、好きなんだから」

「何ソレ」

「人が折角ッ、おまえなー!」


真っ赤に染めた顔を見てしまうと、何だか不二は怒る気をなくしてしまった。珍しい、本当に素の跡部がここにいる。それに今まで1度だって口にしたことがない単語を聞いてしまったものだから、憤りが不思議なほど引いていくのが自分でも分かった。こういう所が実は1番腹立たしいことに、不二はまだ気付かない。ただ突然のその単語に翻弄されていた。無意識に湧いた悔しさに、不二は自分でも不可解な行動を起こした。跡部もソレには驚いて、一瞬二の句が継げなかった。


「ンだよソレ!ンなもんキスじゃねーだろ!?」

「ウルサイっ!文句あるの!?」

「・・・・ねえよ」


何だかんだ言って、結局2人は上手くいっていた。それでもやっぱり何だか悔しいから、不二は袖で唇を拭った。